〈選択的夫婦別姓〉嫁ぎ先でのお酌、配膳、セクハラに打ちひしがれた女性が「すべての元凶は望まない改姓にある」と考えるワケ
集英社オンライン / 2024年12月28日 13時0分
〈「家事も育児も1人でやれ!」モラハラ夫と3度の離婚危機にあった30代女性…「家庭に居場所がない」毒母から受けた幼少期の八つ当たりの連鎖から乗り越えられたワケ〉から続く
ライフステージの変化によって大きく変わることが多い女性の人生。2度の結婚で大きな人生の壁にぶち当たってしまった井田奈穂さんが、なぜ選択的夫婦別姓の法改正運動に取り組むようになったのか、その人生を追う。(前後編の前編)
【画像】「自分の名前ではない」と感じて気分が沈んだと話した井田奈穂さん
家父長制推しの家
奈良県生まれ埼玉県育ちの井田奈穂さんは、新聞社に勤める父親と、短大を卒業したばかりで専業主婦になった母親の間に、3人姉妹の次女として生まれた。
昭和後期の父親の多くがそうであったように、井田さんの父親も仕事が忙しく、ほとんど家にいなかった。
そのせいか、家事・育児にはまったくと言っていいほど関わらなかったが、何かを決めるときだけは“家長”として判断を下していた。
「私たち姉妹は、ほぼほぼ母に育てられた感じです。母はとても学校の成績がよかったのですが、祖母から『勉強ができる女は可愛がってもらわれへん』と言われて育ち、まったく本人の希望と違う短大の家政科に入学させられて、卒業と同時に親が決めた人と結婚させられました。
一方、母の兄は東京の四大へ進学。自己実現が叶わずに、母はものすごく苦しんだみたいです」
その反動からか、幼い頃から井田さんたち姉妹に対しては、母親は相反する2つのことを押しつけた。
「資格を取ってバリバリ働いて、社会で活躍する女性になりなさい」と、「良妻賢母になりなさい」という2つだ。
「母が親から押し付けられた良妻賢母像が『家父長制』と名のつくものに根ざしていることに、ものすごく後になって気がつきました。
母は、子どもを3人産んでから自立を目指し、教職につきましたが、父が家事・育児を一切分担しなかったため挫折し、退職せざるを得ませんでした。
私たちには、母親自身がなれなかった『社会で活躍する女性』になってもらいたかったけれど、幼い頃から親に刷り込まれてきた『いい娘像』『良妻賢母像』も捨てられなかったのです。
教育ママになり、塾の帰りに尾行し、私が男の子と話していると『不純異性交遊だ!』と言って、塾の先生や近所の人にまで監視を頼むなど、とにかく過干渉でした」
結婚で打ち込まれた最初の楔
やがて大学に入学した井田さんは、アルバイト先で知り合った一回り上の男性と結婚して家を出た。
母親の過干渉から距離を置くには、結婚という手段を取ることが、当時はベストな方法だと思えたからだった。
ところがこの結婚が、井田さんの人生で最初の楔が打ち込まれた瞬間だったことには、まだ知る由もなかった。
「19歳で学生結婚するとき、私は名字を変えたくないこと、夫婦どっちが変えてもいいんだということを彼に伝えると、まず夫側が変えられることを彼は知らず、驚いていました。
その上で『妻の名字に変えるのは恥ずかしい』と言われ、両方の両親も『本家の長男に“嫁ぐ”のだから』『女性が名前を変えるのが当たり前』と、私の考えを理解してくれる人は誰もいませんでした」
仕方なく改姓して“井田”になった途端、井田さんは義理の家族から“嫁”として扱われるようになったことに面食らった。
「結婚後、『うちの嫁にうちの家紋入りの喪服を作る』と言って、義父が呉服店の人を連れて私たちの家に来たときはびっくりしました。
私は好きな人と結婚しただけで“井田家の嫁”になったつもりはありません。丁重にお断りすると、『あなたの意思は関係ない』と、採寸させるまで粘られました」
親戚が集まる行事では、“嫁”はお酌や給仕をさせられる無言の圧があった。
酔った男性親族たちに体を触られたり、セクハラ発言をされたりしても、夫も含め皆笑うだけだった。
「“嫁”という存在が、まるで生まれた“家”から彼の“家”に譲渡されただけの、“どう扱ってもいいモノ”のような扱いをされたことがとてもショックでした」
出産時に入院し、毎日「井田さん」と呼ばれるたびに「自分の名前ではない」と感じて気分が沈んだ。
就職氷河期の子持ち就活
井田さんは妊娠・出産のため、5年で大学卒業を迎えた。
夫は「大学を出たら専業主婦になって欲しい」と言ったが、外で働きたかった井田さんは就職活動を始める。
ところが当時は就職氷河期、しかも井田さんは未就学児を抱えている。
井田さんは就活に挫折し、大学時代にアルバイトしていた小さな新聞社に就職した。
「本当は就活でも『旧姓を使用したい』と願い出たかったのですが、言い出せませんでした。
旧姓通称の使用はまだ一般化しておらず、『面倒なことを言う新卒』は採用されないのではないかと不安に思ったからです」
井田さんは子どもを保育園に預けながら働き続けた。
ところが2004年に2人目を出産後、子どもが病気になってしまい、やむなく退職。自分自身も産後うつになってしまった。
通院と並行して、フリーランスライターとしての仕事を始め、徐々に自信をつけていく。
寛解まで時間がかかったが、20年近く井田姓で記事を書き、企業広報としても働いてきた井田さんは、気づけば38歳になっていた。
「『名字を変えたくない』という子どもたちの希望もあったので、38歳で離婚したときは旧姓には戻さず、婚氏続称を選びました。
私が味わったように、望まない改姓の苦痛は、子どもたちにとってもいい影響を与えないと思ったからです。それに今さら生まれ持った氏名に戻しても、キャリアの継続性が保てないと考えました」
人生二つ目の楔
2016年のこと。現在の夫が腫瘍の摘出手術を受けることになったとき、2度目の楔が打ち込まれた。
お互いに改姓を望まず事実婚の状態であったことにより、手術の合意書にサインができなかったのだ。
「病院スタッフの『家族ではない方に署名はしていただけません』という言葉はいまだに忘れられません。
法律婚していないと家族と認められないのかと…。これが決定的に『嫌だな、ダメだな』と思った瞬間でした」
手術を終えた夫の病状説明も、遠くから来てもらった夫の母親の同席がなければ受けることができなかった。
窮地に追いやられた井田さんと夫は、急遽法律婚について話し合った。
「考えてみたら、私が姓を変えたくないと言ったら、相手が変えなきゃいけない。でも、そうしたら今の夫に元夫の名字を名乗らせることになるんですよね…。
生まれ持った名字じゃないものを何で2人して名乗らなきゃいけないんだという疑問があって、じゃあもう一度私が変えるしかないかと…。
以前から国は旧姓使用できるとの触れ込みだったので、そこまでの影響はないのではないかと、なんとか自分を納得させました」
だが、蓋を開けたらとんでもない現実が待ち受けていた。
「初婚の学生結婚とは違い、40代の子連れ再婚では、大量の名義変更に振り回されました。旧姓使用は結局、二重氏名の使い分けを逐一確認しなければならないので、人事・経理・総務などにも毎度迷惑をかけます。
『おかしい』と感じて調べてみたら、法律によって強制されるのは世界中で日本だけという事実を知って驚愕しました。
自分の困りごとにぶち当たってから過去を振り返ってみて、元夫の父親の家紋の入った喪服を作られたのも、親族の集まりで“嫁”が配膳やお酌をするのを当然とされたのも、男性親族からのセクハラも、あれもこれも女性蔑視の“家”意識から来ていたのだと気がついたのです。
名字を変えたことで“家の嫁”とされたのだと、目から鱗が落ちたのが今の活動をするきっかけになったんです」
井田さんはTwitter(現在のX)に改姓の苦痛に関するつぶやきを投稿し始めた……。
取材・文/旦木瑞穂
〈「100件以上の名義変更も苦痛でしたが…」長年、他者の過干渉に苦しめられてきた女性が選択的夫婦別姓の導入を訴える本当の理由〉へ続く
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