5年ぶりに復活した西野カナが臨む紅白の舞台。活動休止前に語った「暮らしのBGMになりたい」の夢を遂げるまで
集英社オンライン / 2024年12月30日 12時0分
〈〈HIKAKIN進化論〉カップラーメン好きの「ビートボクサー」がYouTubeの帝王になるまで…進化とともに「長尺化」する動画の秘密〉から続く
5年間の活動休止期間を経て、今年、西野カナが活動再開をはたした。すでにEPのリリース、ライブの開催と精力的に見える彼女だが、18歳でメジャーデビューした彼女のキャリアはどのようなものだったのか。同世代に寄り添い、LOVEを歌い続けてきた、その魅力を深掘りする。
「会いたくて 会いたくて」から「Darling」への変容
西野家の皆さま、5年ぶりの活動再開、そしてNHK紅白歌合戦への出場、うれしいですね。おめでとうございます。いちファンとして、ありがとうございます。
平成元年(1989年)に生まれ、18歳の時にメジャーデビュー、11年間で34枚のシングル、7枚のアルバムを発表し、平成が終わった年(2019年)に活動を休止。休止期間中に結婚と出産を報告、2024年6月に活動再開を発表。再開後すぐにEP盤をリリース、11月には横浜アリーナでライブを開催。大晦日には、NHK紅白歌合戦へ出場(6年ぶり10回目)することが決定。
西野カナのことである。
さて、まずは西野カナの基本的な変遷を。世間的に大きな注目を集めたのは、サビのフレーズ〈会いたくて震える〉で一世を風靡した名曲「会いたくて 会いたくて」だろう。
デビューから2年後、10枚目のシングルである。この時期のカナは、金髪の巻き髪ロングにファーなどのギャルファッションに身を包む大学生。
公式ブログ「君に会いたくなるから」では、歌手としての活動だけでなく、たびたび「テスト終わったー!!」など学業の報告エントリーも書いている。
その後、2012年の「GO FOR IT!!」や2013年の「Believe」といったストリート路線のダンスチューンを経て、大きな転換点となったのが、2014年の「Darling」である。
ねぇ Darling 脱ぎっぱなし靴下も裏返しで もー、誰が片づけるの?
「Darling」より
これまで恋に恋する曲を歌い続けていたのに、ここへきていきなりの生活感。と同時に、メイクやファッションがギャルではなくコンサバ方向に大きく変わっている。
ファッションビルでいうと、ギャル文化の象徴109から、コンサバティブなルミネへの転身。この時期、カナは渋谷を出て、ターミナル駅へと向かった。
なぜか。カナは常々、マーケティングによって歌詞を書いていることを公言している。周囲にアンケートをとり、より共感の得られるテーマや言葉を選んでいるのだ。さらに、その歌詞に説得力を持たせるため、自身が歌詞の登場人物と同世代であることを貫いている。
1989年生まれの西野カナ世代は、現役なら2012年に大学を卒業、2014年は社会人2年目という時期。109からルミネへと変わっていく必然性がある。(※正確には、西野カナは1989年3月生まれなので、学年でいうと1988年生まれと同学年になる。)
そう考えると、2012年~2013年の期間限定のストリート路線は、就活を終え、残りの大学生活を全力で弾けていたタイミングだったとも思える。
活動休止直前、「暮らしのBGMになりたい」の真意
そこから10年。2024年、カナは35歳になった。
学生時代「会いたくて 会いたくて」に共感し、やがて109からルミネに通う社会人となり、結婚と出産を経た同世代はどこへ向かうのか。
そう、イオンである。
イメージやスタイルの一貫性を大切にするアーティストにとって、このような転身はとても勇気がいる。ギャルのカリスマ浜崎あゆみ、あるいは倖田來未が、渋谷からせいぜい港区あたりにとどまっているのに対し、カナはルミネを通過し、郊外へと進出していく。
西野カナを語るときに多用される「同世代からの圧倒的な共感」というのは、徹底的なマーケティングによって運営される「プロジェクト西野カナ」にとって、絶対に譲れないコーポレートアイデンティティなのだ。
活動休止の前年、2018年11月に放送された『関ジャム 完全燃SHOW』に出演したカナは、こう発言している。「暮らしのBGMになりたい」。
なんという覚悟だろうか。
目指すのは暮らしに寄り添うこと。その姿勢はファッションビルの域を超え、ライオンやクラシエ、P&Gといった企業と同じ方向を向いている。
では、アーティストとしての一貫性はないのか? と問われれば、当然ある。それが「LOVE」だ。
カナがこれまでにリリースしたアルバムのタイトルは、『LOVE one.』『to LOVE』『Thank you, Love』『Love Place』『with LOVE』『Just LOVE』『LOVE it』。ベストアルバムは『Love Collection』。そして、復帰後に発表されたEPは『Love Again』。
これがカナの目指す「暮らしのBGM」である。もはやLOVE職人の域。
筆者が敬愛する人物に、みうらじゅんという人がいる。彼は言う。
いかに「飽きないふり」をするかかが僕の仕事なんですよね。「また」だと飽きられてしまうので、「まだ」と濁点がつくところまでやる訓練をね。「またやってる」を通り越して「まだやってる」って言われることが最終的にプロの称号ですね。
「まだやってる」と言われることがプロの称号(プレジデントオンラインより)
さらに、みうらじゅんはこんなことも言っている。憧れのスタイルとしてよく言われる「キープ・オン・ロックンロール」という生き様は、ロックンロールではなく、キープ・オンのほう、続けることにこそ意義があり、難しいのはロックな生き方ではなく、キープ・オンを貫くことなんだと。
毎年みうらじゅんが、その年の個人的なお気に入りに送る「みうらじゅん賞」が先日発表された。いつの日か、西野カナの「LOVEまだやってる」が評価され、受賞することを願ってやまない。
今、LOVEを歌い続けること
「同世代からの圧倒的な共感」のほかにもうひとつ、カナが大切にしていること。それが同時代性である。自身の世代にあわせ、時代にあわせ、共感を得る。ただ、この「時代性」については、少し補足が必要となる。
職人的にLOVE=恋愛をテーマにしたラブソングを歌い続けることは、はたして今の時代をとらえているのか、という疑問。
テレビドラマや映画、漫画などの物語において、かつては定番かつ必須だった恋愛要素に対し、多くの視聴者から「いちいち恋愛を絡めないでほしい」といった声が次々とあがっている現代。
2015年にリリースされた『トリセツ』の歌い出し、〈このたびはこんな私を選んでくれて どうもありがとう〉に胸がざわついた人も多いだろう。
選んで?? くれて?? だと???
また、冒頭に書いた「西野家」というのは、西野カナのファンクラブの名前である。なるほど、家制度……。根強い家父長制が解体されず、いつまで経っても選択的夫婦別姓の法案が通らないことは非常に由々しき事態である。
そのうえで、ここに明治安田総合研究所が行った「恋愛・結婚に関するアンケート調査」の2023年版がある。アンケートをなにより重要視するカナにとっても、これは見逃せない。
調査によると、「恋人は欲しいか」という質問に対して、およそ7割の人が「欲しい」と答えている。この数字はなにを表しているのか。現状であり、時代である。恋愛至上主義からの脱却が叫ばれるのと同時に、7割の人たちが恋人は欲しいという実情。
時代の感性を先取りし、先進的なメッセージを届けることがアーティストの本分だと思う人もいるかもしれないが、カナは違う。宇多田ヒカルが先行くトレンドを発信するパリコレだとしたら、カナはイオンのファッションフロア。今ここにあるリアルを歌い続ける。
そこで、NHK紅白歌合戦である。紅白が最も見られているであろうシチュエーション“大晦日の自宅”は、暮らしの最前線。カナの歌が届くべき場所だ。
紅白にとっても、年々視聴率が下がり続け、もはや“国民的”とは言えなくなりつつ今だからこそ、暮らしを指向するカナの歌が必要なのだ。
今年の紅白で披露することが決まっている、活動再開後にリリースされた曲「EYES ON YOU」の歌詞にはこう綴られている。
EYES ON YOU いつか消えてしまいそうで 儚い花のような LOVE
「EYES ON YOU」より
デビューから16年間、LOVEを歌い続けてたどりついたのは、その儚さだった。カナのLOVEが、いつまでも消えませんように……。
文/おぐらりゅうじ
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