ニチガクだけじゃない! 学習塾倒産が過去最多のワケ…背景にSAPIXなど大手塾の寡占状態も
集英社オンライン / 2025年1月10日 11時0分
予備校のニチガクが年明けに破産したニュースが世間を騒がせている。だがニチガクの閉鎖は全国の学習塾にとって対岸の火事ではない。2024年1〜10月の学習塾の倒産件数は過去最多水準で推移しているからだ。背景には少子化の影響と、SAPIXなど大手塾の一強状態も関係しているといわれている。学習塾の倒産の背景や、今後の動向を中学受験塾の経営コンサルタントの森上展安氏に聞いた。
学習塾業界全体の売り上げは上昇も、小規模の倒産が深刻
経済産業省の第3次産業活動指数のデータによると、学習塾の受講生徒数は2014年から2018年まで増加傾向にあったが、2020年にはコロナ禍による外出自粛の影響で大幅に減少した。2021年には回復の兆しが見られたものの、少子化の影響が顕著となり、2023年には受講生徒数は再び減少に転じた。
中学受験塾経営コンサルタント・森上氏以下同 「2024年の高校入試では、入学定員と受験者数がほぼ同数となり、志望校を選ばなければ誰でも進学できるような状況になりました。そのため、受験に対するプレッシャーが軽減され、塾に通う生徒数の減少に拍車をかけています。加えて、塾講師の人材不足も倒産の要因となっています」
いっぽうで学習塾の売上高は堅調に推移しており、経済産業省の提供する特定サービス産業動態統計を見ると、学習塾の受講生一人あたりの売上高は2013年から2023年にかけて上昇傾向にあり、とくに2020年からの上昇が著しい。
売上が増加した背景には、コロナ禍でオンライン授業の選択肢が広がり、従来は通塾できなかった生徒も授業を受けられるようになったこと、また中学受験熱の高まりにより、集団指導塾に加えて個別指導塾を併用する生徒が増加していることなどが挙げられる。
2024年、学習塾の倒産件数は過去最多を記録したものの、その大半は1億円未満の小規模な倒産であり、売上は大手塾に集中している。大手塾では年間100万円以上の費用がかかることも珍しくはない。
このような状況下で独り勝ちといわれているのが、中学受験市場において圧倒的なシェアを誇るSAPIX小学部である。2024年度の中学入試では、開成262名、麻布182名、筑波大学附属駒場98名、桜蔭189名という合格実績を達成した。
難関校への安定した合格実績が知名度と信頼性を高め、入塾者増加につながっている。さらに、優秀な生徒が集まる環境では、自身の実力を的確に把握することができ、互いに切磋琢磨しながら学力を向上させることが期待できる。
SAPIX小学部はこのような好循環により、トップ層の集まる体制が継続的に維持されていると考えられる。
「難関校合格にはSAPIX小学部への通塾が必須というイメージが広く定着しています。ひと昔前の家庭に子どもが3人程度いる時代は、地域の口コミが重要な役割を果たしていましたが、現代ではSNSを通じて評判が拡散する時代となり、広告宣伝力の差が塾の経営を大きく左右します。
小規模な塾が太刀打ちすることは容易ではなく、少子化の影響で業界の縮小が予想されますが、SAPIX小学部は今後も安定した支持を獲得し続けそうです」
集団指導に加えて個別指導を受ける場合でも、系列の大手塾が選ばれる傾向にある。また、中学受験に合格した生徒の多くが、これまで通っていた系列の大手高校受験塾に入塾するのが主流だ。
同系列ではないが、SAPIX出身者が東京大学受験に特化した「鉄緑(てつりょく)会」へ入塾することは、受験エリートの王道コースになっていて、他の選択肢は生まれづらい。このような状況下では、大手塾と競合する小規模塾の存続は、今後も厳しい見通しとなるだろう。
SAPIX独り勝ちの背景に入試問題の変化
そもそも、SAPIX小学部が現在のトップ層向け塾としての地位を確立した背景には、入試問題の変化が関係している。2000年以降、学習指導要領の改定により、私立学校は指導要領以上の教育レベルを提供できるようになった。これにより、私立学校の入試問題の難易度上昇に歯止めがかからなくなった。
「かつてのトップ層向け塾として四谷大塚や日能研が高い知名度を誇っていましたが、SAPIX小学部は後発だからこそ、難関入試に特化した独自のカリキュラムをいち早く柔軟に構築できました。その結果、難関校への合格実績を着実に重ね、現在の強い支持を獲得するに至りました」
SAPIX小学部は単なる知識の詰め込みではなく、図表からの類推や規則性の発見など、考える力を育む学習を重視している。これにより、暗記だけでは太刀打ちできない難関校入試の出題傾向にも対応できる体制を整えている。趣向を凝らした質の高い授業は、生徒にとって理想的な環境と言えるだろう。
だが、低学年から入塾しない限り上位クラスに所属することが難しいといった制度や、テストの成績次第で上位クラスから落とされるといった厳しいルールが一部では批判も招いている。
またSAPIXだけに限らず、ハイレベルな塾の授業についていくために、生徒たちは塾終わりに、家庭学習に膨大な時間を費やすことになる。さらに一部では小学校を休んでまで中学受験対策をする生徒もおり、議論を呼んでいる。
熾烈を極める中学受験、森上氏はその危険性も指摘している。
「中学受験では親の意向が強く影響しやすく、親が受験に熱中しすぎるあまり、子どもに過度な学習を強いてしまう問題が生じています。深刻な場合は虐待に発展し、児童相談所の介入が必要となるほどの事態に至り、最悪の場合、自死という痛ましい結果を招くこともあります」
難関校の中学受験では、親がスケジュールやタスク管理を担うことも珍しくない。子どもだけでなく、親にも大きな精神的・時間的な負担がかかることを覚悟すべきだ。
だがそもそも、受験に過度にのめり込むあまり、子どもが学習意欲を失い、勉強を拒絶してしまったり、家庭不和を生むことは、本末転倒な結果といえるだろう。
小5から中堅校を目指す「ゆる受験」という選択も
このような「ガチ受験」に対比する形で注目を集めているのが「ゆる受験」だ。中学受験では一般的に小学4年生から進学塾に通い難関校を目指すが、ゆる受験では小5、6の2年間で、労力を抑えながら受験準備を進めることを特徴としている。
志望校の偏差値のラインを下げることで、習い事や趣味との両立も目指せる。近隣の公立中学の評判が芳しくない場合に私立進学を検討する家庭や、中高一貫校に通うことで高校受験を回避したい方針にも適している。
「ゆる受験向けの塾では、生徒一人ひとりの理解度に合わせたきめ細やかな指導を目指しています。大手塾のような規模を拡大する路線ではなく、1〜2店舗の小規模な経営スタイルが特徴です。
一般的な塾が中学受験や高校受験に個別特化しているのに対し、私立中学入学から大学まで、子どもの成長に沿った一貫した指導を行ないます。トップ層向けの塾だけではすべての教育需要に応えられないため、このような小規模な塾は今後も一定数は存在し続けるでしょう」
塾選びの際、難関校への合格実績は魅力的に映るだろう。だが、難関校への進学がすべての子どもにとって正しい選択ではないはずだ。
今回のニチガク騒動のように、受験直前に予備校が閉鎖されることは稀だとしても、全国に数多ある、小規模でも特徴ある塾が生き残っていくことは、子どもたちの将来の選択肢が豊かになることに繋がる。
子どもの適性に合わせて、最適な塾を選ぶことができる世の中になることを願うばかりだ。
取材・文/福永太郎
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