ネットをざわつかせた地下アイドル恵中瞳がデビュー10周年! 少女時代、デビュー前の苦労「お前は、ひとつひとつのパーツはいいんだけど、配置がな〜」
集英社オンライン / 2025年2月2日 12時0分
まさに唯一無二、その衝撃を武器にしてSNSを中心にざわつかせている「アイドル」がいる。それが恵中瞳さん、36歳だ。2015年、テレビの街頭インタビューに「地下アイドル(26歳)」の肩書で登場したのがきっかけで、ネットで注目を集める存在に。その後も『アウト×デラックス』(フジテレビ系)や『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)など、好事家をうならせる番組に次々と出演。マツコ・デラックスさんを始め、ノンフィクション作家の家田荘子さんや、ホラー作家の岩井志麻子さんなど、常識にとらわれない文化人たちがこぞってハマっているという、注目の「アイドル」である。〈前後編の前編〉
アイドル恵中瞳がデビュー10周年
大きな瞳にキュッとしたあご、スラリとした脚。ポップスから民謡、演歌まで歌いこなせる抜群のリズム感と歌唱力。持ち歌はすでに110曲あまりもあり、カラオケでも配信されている。
「アイドル」としては脳内にクエスチョンマークが浮かばなくもない年齢だが、俳優の石原さとみは38歳、毎年コンサートでミニスカートを披露している歌手の森高千里は55歳である。
多様性が受け入れられるようになった現代としては、まだまだ弾けていてもおかしくない年頃といえよう。
そんな恵中さんは、現事務所に所属し、CDデビューをして今年で10周年になるという。
出身は宮城県仙台市。3人きょうだいの長女で、小さなころから歌うことが好きな少女だった。
「下に弟と妹がいます。弟は6歳年下で、妹は8歳年下です。私が小学生のころまでは、父と母と、おばあちゃんの6人家族でした。
仙台市泉区というところの出身なのですが、実家の近くは、山や田んぼがあって、とってものんびりしている場所。少し行くと海もあって、よく父の海釣りについて行ったりしましたね。
父は(歌手の)伊藤咲子さんの歌が好きで、釣りをしながらよく伊藤さんの『ひまわり娘』なんかを口ずさんでいて、私もそれに合わせて一緒に歌ったものでした。
でも、家ではこぶしを回して演歌ばかり歌っていたんですよ。今考えると不思議ですよね(笑)」(恵中さん、以下同)
恵中さんが本格的に歌に興味を抱いたのは、幼稚園のころ、祖母に連れられて行った近くの市民会館で行なわれた民謡コンクールへ行ったことがきっかけだった。
「地元に伝わる民謡『さんさ時雨(しぐれ)』を聞いて、子どもながらにとっても感動したんですね。大人になったら歌を歌う人になりたい、でも私なんか無理だろうな…って」
とはいえ恵中さんの歌唱力は、10代のころから周囲も認めるほどだった。当時憧れていた歌手は、「倖田來未さんやいきものがかりさんで、よくカラオケで歌っていた」という。
高校入学時から学校の友人らとバンド活動を始めた恵中さん。だが、高校生レベルではない彼女の歌の才能を埋もれさせてはもったいないと、同級生の仲介で、地元の若者達が結成したバンドに、ボーカルとしても参加するようになる。
「酪農家や農家の方たちと結成したバンドで、女性は私だけでした。シティポップ系をカバーしたり、メンバーが作詞作曲したポップスのオリジナル曲も歌いました。
酪農家の方の仕事場で練習していたこともあって、その合間に牛に乗せてもらったりして、楽しい思い出ばかりです。
でも、みなさんが忙しくなってしまって、自然消滅してしまいましたね。解散はしていないので、いつか再結成できたらいいと思っているのですけれど」
大きな瞳をキラキラさせながら、思い出を楽しそうに語る可憐な恵中さん。さぞやモテたのでは?
「ええ!全然ですよ。高校の同級生の男子に、『お前は、ひとつひとつのパーツはいいんだけど、配置がな〜』なんて言われたくらいなんですから」
まさに少女漫画のように甘酸っぱい高校時代を送った恵中さんだが、青春時代に区切りをつけるかのように、地元の建設会社に就職をする。歌い人になる夢はどこへ?
大好きだった祖母と父との別れ
「私が小学校のころにおばあちゃんが、中学生のころに父が、相次いで亡くなっていたんですね。
そのため、私たちの生活費や学費など、母が苦労しているのを見ていましたので、少しでも母を楽にしてあげたいと思って就職をしました。
でも、歌うことをスッパリやめたわけではなくて、いくつかのバンドにボーカルとして参加したりもしていて、いつか人前に立つ仕事はしたい、とは思っていました」
そんな折、高校を卒業した弟が、埼玉県さいたま市の会社に就職が決まった。喜びつつも、弟がこうぼそっと言ったという。
「『嬉しいけど、ひとり(で上京するの)は寂しいなあ…』って。それを聞いて、思わず『私も一緒に行こうか?』って。自分の心の扉を開けた瞬間でした」
やっぱり自分は歌手になりたい。一度はたくさんの人がいるところで、自分なりにがんばってみたい。
その決意を話すと、母は止めなかった。
「『ふたりで行ってきなさい』って、言ってくれました。埼玉には知り合いはいませんでしたが、弟がいたので心強かったですね」
大都会・東京に、仙台よりは近い埼玉で、恵中さんが最初に選んだ職業は「バスガイド」だった。
「普通の事務仕事より、芸能のお仕事に近そうかな、と。やってみたかったラジオDJに似ているお仕事ですし、場合によっては歌を歌うこともできますしね」
思った通り、職が水に合ったという恵中さん。楽しいアーバンライフはこのまま夢へつながっていく…と思われた矢先。
「母が乳がんになってしまったんです。看病のため、バスガイドを辞めて仙台へ帰りました。
とはいえ母のがんは良性で大したことはなく、『向こうへ戻りなさいよ』と言われて、無職の状態で弟のもとへ戻ることに。
実は、母は昔から私に微妙に冷たいところがあって。その理由が私の『瞳』という名前が、実は父の初恋の人の名前だったらしいんですね。それを時折思い出してはイラッとするみたいで… 」
複雑な思いを胸に、関東での再スタートを切ることにした 恵中さん。そんな彼女には、まだまだ波瀾万丈の運命が続くのだった…。
【プロフィール】
恵中瞳 えなか・ひとみ 1988年10月16日生まれ、宮城県出身。歌手、モデル。2013年にモデルとしてデビュー。現在の事務所である南雲堂に移籍後、2015年に『おとこはアリャリャ』でCDデビュー。ライブや動画配信番組などで活躍中。Xアカウント: @t75147828
撮影協力:池袋東口ゲキパ
取材・文/木原みぎわ
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