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「胃がんで体重36キロに」シワだらけになっても諦めなかった36歳アイドル恵中瞳の夢「恩返しをしたい」

集英社オンライン / 2025年2月2日 12時0分

ネットをざわつかせた地下アイドル恵中瞳がデビュー10周年! 少女時代、デビュー前の苦労「お前は、ひとつひとつのパーツはいいんだけど、配置がな〜」〉から続く

SNSを中心に、一度見たら忘れられないビジュアルと歌唱で唯一無二のアイドル、恵中瞳さん36歳。歌手を目指して故郷から関東に出てきたものの、母親の看病のために夢半ばのまま帰郷。再度都会に出てきた彼女を待ちうけていたのは…。

【写真】パッキパッキのテッカテッカな恵中瞳さんの最新曲のジャケット写真は…

胃がんをきっかけに体重は36キロに

勤務地の関係で、当時埼玉県さいたま市に住んでいた弟のアパートで同居をすることにした恵中さん。今回付いた職は、都内のデパートの化粧品売場の販売員だった。

「一応正社員になれたのはありがたかったです。でも、かなり忙しくて、歌のレッスンに通ったりなど、夢を追いかけることができない状態でした。それがたたったのか、体調を崩してしまいました。

病院で診察してもらったら、胃がんだったんです。

手術で切除することができたのですが、体重は36キロまで落ちてしまいました。結果、ガリガリに痩せてしまい、首や手の甲がシワだらけに…。

職場に復帰できたものの、先輩や上司にいつも『不健康すぎて商品イメージが悪くなる。太りなさい!』なんて言われて、本当につらかったです」

しかし、芸能の神は恵中さんを見捨てなかった。

「あるとき、『サッカーショップに行きたいから』という弟に誘われて、一緒に原宿に行ったんですね。弟が目当てのお店に行っている間、私は違うお店でものぞきに行こうと歩いていたら、『モデルをやってみませんか』と、スカウトされたんです。

『え!私なんかでいいの?』と思いましたが、夢に一歩近づけた!と、嬉しかったことは事実です。お話をうかがって、後日その会社に所属させていただくことにしました」

靴のモデルとして、芸能人としてのキャリアをスタートさせた恵中さん。某有名ファッションショーにも出場したという。

その後コンスタントに仕事が来るようになり、当時の事務所の社長が運営していたインターネット番組などに出演するように。そしてまた運命の歯車が動いた。

「番組内で演歌を歌わせていただいたのですが、それをたまたま、今の事務所社長である南雲社長が見ていてくれたんですね。『歌手としてマネジメントをさせてほしい』とお声がけいただいて、今の事務所に移籍をしました」

現在の所属事務所「南雲堂(なんうんどう)」は、もともと70年以上続く老舗の出版社であり、歌手・恵中瞳を発掘した南雲(なぐも)一範さんは、同社の6代目社長だ。

以前からマスコミや芸能関係者に知り合いが多く、エンターテイメントの世界に造形が深かった南雲さんだが、恵中さんという存在のインパクトと才能に惚れ込み、南雲堂の事業拡大の一環として、第1号タレントとしてプロデュースすることを決めたという。

「今でこそ、アイドルポップスもたくさん歌わさせていただいていますが、最初の売出しの方向性がなかなか定まりませんでした。

女芸人ぽい方向がいいのかもしれない、ということで、『R-1ぐらんぷり』に出場したこともあります。

でも、どうもしっくりこなくって。『やっぱり最初は演歌でいこう』という社長の判断で、デビュー曲は演歌に決まりました」

2015年に演歌『おとこはアリャリャ』でCDデビューを果たす。夢はついに形となり、歌手・恵中瞳が誕生した。

 一瞬で話題になるも炎上、その先で見つけた感謝の心

恵中さんといえば、避けて通れないのが、「たった数秒のテレビ出演での大バズリ…からの炎上」騒動だ。本人がこう振り返る。

「CDデビューしてほどなく、お仕事仲間と一緒にTBSの『サンデー・ジャポン』さんの街頭インタビューを受けたんです。私の映像が流れたのは6秒ほどだったのですが、それが、SNS上で大炎上したんですね。

『バケモノ』『気持ち悪い』『ブス』とか…。すっかり人に会うことが怖くなってしまって。声が出なくなってしまったり、ライブで舞台に立つことができなくなっていました」

そんな恵中さんを支えてくれたのが、南雲社長だった。

「『俺も一緒に舞台に立つから。なんなら俺が歌うから』なんて言ってくださって。社長はお話がおもしろくて、司会もお上手なので、本当に心強くてありがたかったです。

社長のトーク目当てでライブに来てくださるお客さんもいますしね。

あの炎上を、今ではこうして笑って話せるようになったのも、支え続けてくれた南雲社長とファンの皆さんのおかげです」

テレビ、そしてSNSの影響に悩まされたこともある恵中さんだが、最近ではむしろ、こんな恩恵も受けているという。

「本当にありがたいことに、人気ホラー作家の岩井志麻子先生が、私のことをファンだと公言してくださっているんです。

先生が出演されているバラエティ番組や、インタビュー記事などで私のことをよく話してくださってるので、お仕事も増えましたし、炎上ではない方向で話題になってくれているんですね。

知り合いやファンの方々が『また岩井先生が番組でひとみんのことを話していたね』とか『ネットで話題になってたね』と教えてくれたり…。こんないい形でメディアで取り上げてもらえるようになるなんて。とても嬉しいです。

おまけに岩井先生は、大手事務所に所属している有名人なのに、『ひとみんナイト』という私のイベントで、毎回特別審査員長をしてくださっているほど気にかけてくださっています。南雲社長と同じくらいの恩人なんです」

実際、岩井さんも恵中さんについて、ひとみんナイトの総評で「知りたいことが多すぎる。いつでも見入ってしまうし、ひとみんについて語りだすと止まらない。まさに究極のアイドル」と語っており、恵中さんへの『推し』度がうかがえるというものだろう。

 歌手として10年目を迎えた恵中さんに、今後の目標をうかがった。

「現在は110曲持ち歌があるのですが、もっと曲の幅を広げていきたいねと社長と話しています。ということで、現在K-POP調の曲、全部英語の歌詞の曲なども作っていただいています。

ダンスが大変になりそうですが、がんばります(笑)。

あとは、海外でもヒットしたいですね。新曲が、フィリピンやブラジルのiTunesのJ-Pop部門音楽チャートに瞬間的に1位になったことがあるのですが、それが継続してくれると嬉しいです。

最終的には紅白出場を目指したいです! というのもそうですが(笑)、まずはお世話になった方々に、恩返しをしたいです。

南雲堂の社屋を建て直したい。雨漏りしているそうなので、社長の実家の屋根を直してあげたい。

そのためには、もっともっと人気者にならないと。みなさん、応援よろしくお願いいたします!」

みんなの幸せが、自分の幸せ。そんな姿勢こそが、恵中瞳が究極のアイドルたるゆえんなのかもしれない。

【プロフィール】
恵中瞳 えなか・ひとみ 1988年10月16日生まれ、宮城県出身。歌手、モデル。2013年にモデルとしてデビュー。現在の事務所である南雲堂に移籍後、2015年に『おとこはアリャリャ』でCDデビュー。ライブや動画配信番組などで活躍中。Xアカウント: @t75147828

撮影協力:池袋東口ゲキパ

取材・文/木原みぎわ

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