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【漫画あり】毎日全裸でバットを振り、飼い猫まで殺した男と向き合う…精神障害者の説得を続ける男・押川剛が危惧する対応困難な患者さんほど見捨てられる現実。「この国では、資格を持つとルールで行動が縛られてしまう」

集英社オンライン / 2023年3月1日 18時1分

日本で初めて説得による精神障害者の移送サービスを行う「トキワ精神保健事務所」を始めた押川剛氏。これまでも多くのメディアや著書で精神科医療現場の実態を伝えてきたが、2017年より連載が始まった漫画『「子供を殺してください」という親たち』(新潮社/原作・押川剛、漫画・鈴木マサカズ)が注目を集め、問題作となっている。そんな衝撃のノンフィクションコミック誕生の背景を聞く。(全3回の1回目)

社会の陰に見捨てられた存在に寄り添う

――「トキワ精神保健事務所」は、どのような業務を行う会社なのでしょうか。

「病識のない精神障害者を説得して医療につなげる」という説明が一番わかりやすいかと思います。具体的には、家族からの相談を受けて対象者を視察調査し、精神科病院の確保、保健所などの行政機関や場合によっては警察とも連携をとりながら医療につなぎます。その後も面会を通じて本人と人間関係を作り、障害者総合支援法による社会のサポートを受けられるように自立支援を行っています。



――主に対応困難な難治性精神疾患の患者さんを扱われているそうですね。

病院や行政も匙を投げ、警察は事件が起きなければ動けないという状況の中で、そういった方々に対応できるのは、おそらく私たちのところぐらいという非常に厳しい現状があります。
極端な例をあげれば、子供を殺した人が精神疾患により不起訴や無罪となり医療観察法による治療を受けることになっても、1年半ほどで社会に出てきます。ところが家族からすると、病状はさほど良くなっておらず未だ命の危険がある。「今後、どうしたらいいか」という家族からの相談もあります。

――なぜそのような事態になっているのでしょうか。

2014年の精神保健福祉法改正で保護者制度が廃止され、法律上は家族の負担が軽減しましたが、実際は保健所や病院に相談にいっても「本人の同意」が前提となり、その説得は家族がするように求められます。結果的に家族が抱え込むしかない状態になっていて、対象者を軟禁・監禁する事件も起きています。これは明治から昭和中期まで行われていた私宅監置、つまり座敷牢となんら変わらないものだと私は思っています。

――移送サービスを行っている民間業者はほかにもあるのでしょうか。

いっぱいありますよ。ただし、うちのように取材も受けて、すべて見せているところは一社もありません。移送会社が家まで来たけど、患者さんから拒否されて「連れて行けない」と帰ってしまったという話もよく聞きます。

でも、私は強引に引っ張っていくことは一切せず、本人の意志で「行きます」と言ってもらえるように説得します。そのためには、視察調査や、近隣住民への連絡、警察や行政との連携など相当な準備が必要となり、医療につなげるまでに1~2年かかる場合もあります。

対応困難な患者さんほど見捨てられている現実

――1つのケースにそれだけの労力がかかるとなると、あまり多くの方に対応できないですよね。

そうですね。特に、いま現在は多くの方に対応できなくなりました。というのも、まず受け入れてくれる病院がほとんどありません。以前は対応困難なケースに取り組んでくれるお医者さんもたくさんいましたが、みんな高齢となり、国もまったく育てていないんです。

いまの病院はほとんどが「自分は病気です」と言える、任意入院の患者さんが主体になっています。そういう人は短期間で退院もしてくれて、費用対効果がいい。退院までが短いほど診療報酬点数が高いので、治療に長期間を要する患者さんはいらないわけです。

だから、対応困難な患者さんが見捨てられている一方で、一見すると「本当に病気かな?」と思うような人たちが、充実した制度を利用して楽に生きている現状があります。

――もともとノンフィクションだった同名著書を漫画化したのは、そのような状況を広く周知するためでもあったのでしょうか。

そうですね。精神保健福祉法や障害者総合支援法に関連する制度の利用は非常に煩雑であり、精神疾患にも様々なケースがあります。だから、実は自分の身近な人が問題を抱えているのに病気と認識していないこともあります。それを漫画という視覚に訴えるツールを使って伝えたいという思いは以前からありました。

漫画を描いてくださっている鈴木マサカズ先生にお願いしているのは、細かいところまで事実をおろそかにせず描いてくださるからです。例えば、精神科病院での医療従事者や、警察に介入してもらった際のやりとりなど、私が経験したことをありのままに描いてもらっています。 日本では漫画はほかのメディアよりも規制が少ないので、事実を伝えるのにとても適していると思いました。

患者さんと心でつながる瞬間

――実際に漫画を制作する流れを教えてください。

まず、私がプロットを書くのですが、物語だけでなく、膨大な視察調査データのストックから、すべての場面に写真資料をつけて渡しています。それを担当編集者(新潮社・岩坂朋昭次長)とすり合わせてから鈴木先生に渡し、鈴木先生がネームにしたものを改めてチェックします。

そこから修正したもので作画をしてもらい、完成したら再び確認作業を行って、修正箇所があればまた指摘を入れさせてもらいます。ですから、同じ原作ものの漫画でも、通常の倍以上は手間がかかっていると思います。

――それだけの作業があるからこそ、あのリアリティが生まれているわけですね。

鈴木先生の才能も大きいと思います。ネームの割り方は鈴木先生独自のものなので、漫画『「子どもを殺してください」という親たち』は、鈴木先生とそのアシスタントさんを含めた、このチームだからこそできた作品だと思っています。

――押川さんがこれまで積み重ねてきた資料の存在もとても大きいですよね。

すべて写真やビデオに記録しているので、そこからくる圧倒的な事実はありますね。視察調査を徹底するようになってから、長い患者さんで何十年もの付き合いがあるので、その人だけで電話帳並みの分厚い資料が30冊以上になります。彼が生きている限り、これからも増えていくはずです。

――関係を続けている患者さんで、印象深い方はいますか。

1巻で取り上げている、飼い猫をバットで殴り殺した荒井慎介(仮名)ですね。私が病気で倒れたときも「心臓の方は大丈夫ですか?」と、気遣ってくれました。

彼は、病院の中ではちゃんとした生き方ができるんですが、退院したら確実に事件を起こします。自分でもそれをわかっているのに、「そろそろ退院したいんです」と言ってくるんですよ。

そんなとき私は、「お前の寿命は100年ぐらいなのか? 5千年、1万年生きるよな?」と返します。すると「そうですよね? まだまだ2、3日のレベルですよね。僕もそう思います!」って、泣いて喜ぶんですよ。病気の妄想もあるけれど、そうやって会話がパチッと噛み合ったときは、人間関係を作れていることを実感できて最高ですね。

人間関係を作るために心がけているたった1つのこと

――仕事を始めたころは、対象者に刺されたこともあると聞きました。説得移送で「会った瞬間に人間関係を作る方法」とはどのようなものですか。

彼らは嘘に敏感なので、本当のことを言うことです。

ただし、「お前は病気だ」ではなく、本人にしか向けられない本質的な言葉が必要なので、そのために徹底的な視察調査があります。親はもちろん、場合によっては小学校、中学校の担任の先生にも会いに行って調べ上げたうえで、長年引きこもったどうしようもない姿と直面したときに、彼らの生きてきた物語に対して、もっともシンプルな感想が出てきます。例えば、「お前、死にてえのか?」というように。

これは医療従事者や行政の人たちには使えない言葉です。この国では、資格を持つとルールで行動が縛られてしまいます。でも、本当に思ったことをそのまま言えれば、そこに反応が出てくるんですね。「死にたくない…」という方がほとんどですよ。

ただ、そういった人間くさい部分で患者さんに介入することですら、いまでは人権団体から暴力だ、ハラスメントだと言われるようになりました。そうなると、いよいよもう彼らを助ける手段はなくなってしまいますね。

1巻【精神障害者か犯罪者か】荒井慎介のケース

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#2 なぜ37歳の才女は汚物まみれのゴミ山で暮らすようになったのか(3月2日18時公開予定)
#3 全身根性焼き、舌も自分で噛み切った兄のために弟は…(3月3日18時公開予定)

取材・文/森野広明

『「子供を殺してください」という親たち』1巻(新潮社)

原作:押川剛 漫画:鈴木マサカズ

2017年8月9日

638円

176ページ

ISBN:

978-4107719973

家族や周囲の教育圧力に潰れたエリートの息子、酒に溺れて親に刃物を向ける男、母親を奴隷扱いし、ゴミに埋もれて生活する娘…。現代社会の裏側に潜む家族の闇と病理をえぐり、その先に光を当てる――!! 様々なメディアで取り上げられた押川剛氏の衝撃のノンフィクションを鬼才・鈴木マサカズ氏の力で完全漫画化!

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