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スペースデブリを「トラクタービーム」で回収? 数年後の実現にめどが立つ

sorae.jp / 2023年6月11日 20時15分

宇宙空間にあるゴミ「スペースデブリ」(宇宙ゴミ)は、宇宙開発における深刻な問題の1つです。たった1mmのデブリでさえ、当たり所が悪ければ人工衛星の全機能を喪失させるリスクがあります。1mm以上のデブリは1億個以上あると推定されていますが、数千・数万の人工衛星で構成される衛星コンステレーションの構築がすでに進められていることから、今後はさらに急増する可能性があります。

また、2009年に発生した「イリジウム33号」と「コスモス2251号」の衝突が物語るように、デブリ同士の衝突が新たに多数のデブリを発生させる問題もあります。そのため、デブリを回収するための様々な方法が研究されています。

【▲ 図1: 電子をトラクタービームとしてスペースデブリを回収する方法の概略図。電子の照射によってデブリ回収船はプラス、デブリはマイナスに帯電し、互いに引き合う静電気力が生まれる。 (Image Credit: Schaub Lab) 】

【▲ 図1: 電子をトラクタービームとしてスペースデブリを回収する方法の概略図。電子の照射によってデブリ回収船はプラス、デブリはマイナスに帯電し、互いに引き合う静電気力が生まれる(Credit: Schaub Lab)】

コロラド大学ボルダー校のJulian Hammerl氏らは、 “トラクタービーム” によるスペースデブリの回収方法を研究しています。いかにもSFな感じに聞こえますが、実のところ「トラクタービームのようなもの」は実現可能です。そのカギとなるのは静電気力であり、下敷きで髪をこすると髪が持ちあげられるのと同じ原理を応用したものです。

具体的には、デブリ回収機からデブリに対して電子ビームを照射します。するとデブリはマイナスに帯電し、デブリ回収機はプラスに帯電します。後は、帯電したデブリ回収機とデブリが静電気力で引き合い、接触するのを待てばいいのです。

ただし、実際の宇宙空間ではこれほど単純に物事は運びません。特に、地球に近い場所を周回する低軌道の場合、薄いとはいえども地球大気が存在します。低軌道の希薄な大気は紫外線や放射線の影響で自由電子とイオンに満ちています。このように帯電した粒子が満ちている環境では、デブリ回収機からの電子ビーム照射がうまく行かないかもしれません。

【▲ 図2: ECLIPSは特殊な真空チャンバーであり、内部に地球低軌道の環境を再現することができる。 (Image Credit: Nico Goda/CU Boulder) 】

【▲ 図2: ECLIPSは特殊な真空チャンバーであり、内部に地球低軌道の環境を再現することができる(Credit: Nico Goda/CU Boulder)】

Hammerl氏らの研究チームは、この問題が克服できるかどうかを検証するための装置「ECLIPS(Electrostatic Charging Laboratory for Interactions between Plasma and Spacecraft)」を独自に開発しました。直訳すれば「プラズマと宇宙機の相互作用に対する静電気帯電実験室」となるECLIPSは、基本的には内部に高真空を実現する真空チャンバーです。しかし他の真空チャンバーとは異なり、ECLIPSでは地球低軌道の帯電した環境を再現できます。これにより、帯電した環境がトラクタービームにどの程度影響するのかを調べることができるのです。

単純な立方体からシワの寄ったアルミホイルまで、研究チームが様々な形状の物体に対する実験を行った結果、デブリ回収機が15mから25mまで接近して電子ビームを照射すれば、1つ最大1トンもあるデブリであっても、2か月から4か月の期間をかけて軌道を変更し、回収できることが示されました。また、高速で回転していて接触が危険なデブリでも、電子ビームを短時間照射することで、回転を抑えられる可能性も合わせて示されました。

これまでに提案されている他のデブリ回収方法では、回収機を複雑に制御して直接デブリに接触して回収するか、高出力のレーザーなどエネルギーコストの高い非接触の手段で軌道を変更する方法が検討されており、トラクタービームによる回収方法は、これらに対して制御の安定性やエネルギーコストの面で優れていると言えます。また、1つのデブリ回収機から一度に複数の電子ビームを照射して複数のデブリを同時に回収することができるという点も、他の方法と比べて優れていると言えます。

一方で、電子ビームによるデブリ回収には現状で未解決の課題もあります。今まで研究されているのは低軌道におけるデブリの回収です。確かに、スペースデブリの問題に迅速に対処しなければならないのは低軌道なので、直近では有効であると言えます。しかし、利用価値の高い静止軌道や、将来的に多数の人工衛星が打ち上げられるであろうより高高度の軌道では、地球大気よりも太陽風に含まれるプラズマが支配的であるなど、低軌道とは全く異なる環境であることを考慮しなければならず、今後の研究課題であると言えます。

現時点では電子ビームを実装したデブリ回収機は打ち上げられたことがないため、トラクタービームはまだSFであると言えます。しかしHammerl氏らは、今後5年から10年以内にデブリ回収船を打ち上げる計画を立てており、そう遠くない未来にトラクタービームが実現する可能性があります。今後の実験結果次第では、トラクタービームがデブリ回収の基本的な手段となるかもしれません。

 

Source

Daniel Strain. “Space tractor beams may not be the stuff of sci-fi for long”. (University of Colorado Boulder) Hanspeter Schaub & Daniel F. Moorer Jr. “Geosynchronous Large Debris Reorbiter: Challenges and Prospects”. (The Journal of the Astronautical Sciences) Trevor Bennett & Hanspeter Schaub. “Contactless electrostatic detumbling of axi-symmetric GEO objects with nominal pushing or pulling”. (Advances in Space Research) Kieran Wilson, et.al. “Development and characterization of the ECLIPS space environments simulation facility”. (Acta Astronautica) Kaylee Champion & Hanspeter Schaub. “Electrostatic Potential Shielding in Representative Cislunar Regions”. (IEEE Transactions on Plasma Science)

文/彩恵りり

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