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微小重力環境で培養された成体幹細胞には意外な利点がある!?

sorae.jp / 2024年12月27日 17時48分

初期胚から採取される「ES細胞(胚性幹細胞)」や体細胞に遺伝子導入(リプログラミング)することで作製される「iPS細胞(人工多能性幹細胞)」は、ほぼすべての細胞に分化できる「多能性幹細胞」として知られ、再生医療や創薬分野での応用が期待されています。アメリカ・フロリダ州のメイヨー・クリニックの研究チームのメンバーであるAbba Zubairさんらは、国際宇宙ステーション(ISS)の微小重力環境で培養した「間葉系幹細胞」と呼ばれる成体幹細胞には意外な利点があることを「NPJ Microgravity」誌にて報告しています。

国際宇宙ステーション(ISS)内でアメリカ航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士が幹細胞の研究を行う様子(Credit: Mayo Clinic)【▲ 国際宇宙ステーション(ISS)内でアメリカ航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士が幹細胞の研究を行う様子(Credit: Mayo Clinic)】 限定的だがいくつかの細胞に分化可能な「間葉系幹細胞」

間葉系幹細胞は成体の臍帯(さいたい)や骨髄、脂肪組織、歯髄から採取できる成体幹細胞の一種であり、骨細胞や脂肪細胞などに分化できる(限定的)多能性をもつことが知られています。こうした多能性幹細胞を活用し、脳卒中、認知症、神経変性疾患、がんなど幅広い疾患の治療に応用可能とされています。ただし、多能性幹細胞の臨床利用は試験的な再生医療に限られており、実用化するには医療的エビデンスが不足しているようです。たとえば、間葉系幹細胞は細胞治療用の薬になる可能性を秘めているため、幹細胞の特性を保持したまま、安全かつ効率的に大量の幹細胞を増殖(expansion)する必要があるといいます。

また、地上での細胞培養は容器の制約や重力の影響などにより2次元環境となるため、自然な3次元環境での分化とは異なる結果が生じる可能性があるようです。こうした背景から、重力の影響の少ない微小重力環境での3次元細胞培養が注目されています。

メイヨー・クリニックの研究チームは、間葉系幹細胞を含めた数種類の幹細胞をISS内で培養し、生物学的特性などの評価データを地球に再送・分析しました。その結果、微小重力環境で培養した間葉系幹細胞は、地上で培養した細胞よりも免疫抑制能が向上し、サイトカイン(※1)や増殖因子に影響しないことが示されました。こうした特性は微小重力環境への曝露期間に比例して向上するといいます。また、染色体アッセイやDNA損傷アッセイ、腫瘍性アッセイ(※2)を調べたところ、ゲノムの完全性が損なわれたり悪性形質転換が行われたりした形跡は認められませんでした。

※1…免疫細胞から分泌されるタンパク質のことで、細胞間の情報伝達をつかさどる

※2…定量的な評価を与える測定法のことを「アッセイ」と呼ぶ

国際宇宙ステーション(ISS)内で培養された幹細胞と、地球への帰還を示す概略図(Credit: F, Ghani, and A. C. Zubair)【▲ 国際宇宙ステーション(ISS)内で培養された幹細胞と、地球への帰還を示す概略図(Credit: F, Ghani, and A. C. Zubair)】

Zubairさんらによると、宇宙環境での幹細胞研究は、再生医療やオルガノイド(※3)研究、細胞治療など、新しい治療法の開発に寄与することが期待されるといいます。また宇宙産業の商業化が進展することで、地球低軌道(LEO: Low Earth Orbit)での研究や技術開発が加速することが期待されるようです。すでにSpaceXのような民間企業は、3次元細胞培養や生物医学データの収集、再生医療研究に取り組んでおり、今回報告された間葉系幹細胞の増殖もSpaceXの無人補給船「Dragon(ドラゴン)」による2017年の「CRS-10」ミッションの一環として実施されています。

※3…幹細胞を増殖することで得られる人工的なミニ臓器を指す

宇宙での幹細胞研究は始まったばかり

いっぽうで、宇宙での幹細胞研究はまだ初期段階にあり、安全性や治療への応用可能性を確立するにはさらなる研究が必要である模様です。 Zubairさんらによると、微小重力が細胞の増殖や機能に与える影響が一般的(universal)であるかについては未解明だといいます。また、アルファ線や中性子、陽子といった電離放射線ががんや白血病につながるリスクなど、細胞の悪性化を誘発するリスクがあることも課題のようです。

Zubairさんは、オンラインの科学研究ポータルサイト「Science Alert」の記事のなかで、「再生医療を発展させるために宇宙の利用を探求し続けることで、幹細胞研究についてのより広い視野が開けてくるだろう」と今後の進展に期待感を示しています。

国際宇宙ステーションの「きぼう」では何が行われているの? 日本チームの驚くべき研究結果(2024年8月7日)

 

Source

Science Alert - Stem Cells Grown in Space Turn Out to Have a Surprise Advantage Mayo Clinic - From lift off to splash down: An update on Mayo Clinic stem cells in space Mount Bonnell - SpaceX's Role in Advancing Space Medicine F, Ghani, and A. C. Zubair - Discoveries from human stem cell research in space that are relevant to advancing cellular therapies on Earth(NPJ Microgravity) P. Huang, A. L. Russell, et al. - Feasibility, potency, and safety of growing human mesenchymal stem cells in space for clinical application(NPJ Microgravity)

文/Misato Kadono 編集/sorae編集部

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