国際宇宙ステーションの極低温実験室で作り出す「物質の第5の状態」
sorae.jp / 2020年6月23日 17時14分
よく知られているように、物質には「固体」「液体」「気体」といった状態があります。物質がイオンと電子に分かれた(電離した)気体である「プラズマ」もその1つです。さらに、これらの4つに加えて第5の状態と呼ばれているものがあり、「ボース・アインシュタイン凝縮」(ボーズ・アインシュタイン凝縮)という名前がつけられています(英語の頭文字を取ってBECと呼ばれます)。
科学者が初めて(気体について)ボーズ・アインシュタイン凝縮の状態を作り出したのは今から25年前で、その成果に対しノーベル物理学賞が与えられました。BECは非常に低温の環境下でたくさんの原子がひとつの状態に収まり、それらがまとまって振る舞うような状態を指します。「ひとつの状態に収まり」というのが「凝縮」という表現になっていますが、これは物理的に同じ場所に集まるということではありません。直感的にはわかりにくく、厳密な説明は難しいのですが、人がみな同じような顔・おとなしさで集団で動いているようなものと言えるかもしれません。有名な現象としては、ある温度以下に冷やした液体ヘリウムの粘性(粘り気)がなくなってしまう「超流動」と呼ばれるものがあります。
2018年7月、国際宇宙ステーションにあるNASAの実験室「Cold Atom Lab」は地球軌道上で初めてBECを実現した施設となりました。この実験室では原子を極低温まで冷やし、その基本的な物理性質を探っています。原子やさらに小さいスケールの世界を探ろうとするとき、物理学の1分野である「量子力学」が欠かせません。量子力学では「電子が波のような性質を持つ」など私たちの感覚では理解しにくい現象が登場しますが、そうした性質が携帯電話やパソコンにも応用されており、実は身近なものでもあります。量子力学的な(量子的な)現象が初めて観測されたのは1世紀以上も前ですが、天文学でも重要な役割を果たすことがあり、その意味でもまだ研究が続けられています。
それではなぜ極低温まで冷やし、また宇宙で実験するのでしょうか?
物質中の原子や分子は温度が高いほどその動きが激しくなり、逆に冷やしていくとその動きはだんだんとゆっくりになっていき、研究しやすくなります。Cold Atom Labでは温度を絶対零度(約マイナス273度)近くまで下げることが可能です。また、原子を冷やすことはBECを実現する唯一の方法でもあります。BECの状態となった原子はすべて量子的に同じように振る舞うため、それらをまとめて見ることによって、本来であれば個々の原子やそれ以下のサイズで現れる性質をマクロなスケールで見ることができるようになります。その意味でBECは量子力学の研究をする上で使える良いツールであり、Cold Atom LabでBECを生み出しているのです。
地球上でBECを実現する場合は実験する容器(チャンバー)を真空に近い状態にして実験しますが、実現しても地球の重力で原子がすぐにチャンバーの底に落ちてしまいます。逆に、国際宇宙ステーションでは無重力状態のためBECの状態となった物質は浮かんだままで、より長い観測・実験を行うことが可能です。地球上で行われた以前の極低温の実験ではロケットを使ったり、高い塔の上から落としたりして無重力状態を作っていましたが、その状態が続くのは数秒や数分といった程度でした。国際宇宙ステーションであれば数千時間もの間、微小な重力の環境を維持することができます。ここに、宇宙で実験することの意義があります。
Cold Atom Labでは温度を下げるために複数の手段をとっており、最終的な温度は絶対零度まであとわずか10億分の1度ほどのところまで迫っています。冒頭の画像は6本のレーザー光で冷却する様子のイメージです。これを含めた、低温を作り出す方法についてNASAのジェット推進研究所(JPL)が3分ほどの動画を公開しています。英語ですがYouTubeの機械翻訳と映像で雰囲気を感じることができると思いますのでぜひご覧ください。
※動画が見れない方はこちらのURLを参照してください(YouTube: https://youtu.be/bny5vWFi_6g)
Credits: NASA/JPL-Caltech
Source: NASA
文/北越康敬
この記事に関連するニュース
-
東北大など、磁場で制御された「量子計量」に由来する電気伝導信号を計測
マイナビニュース / 2024年4月25日 21時45分
-
宇宙誕生の138億年前から1秒もずれない「原子核時計」実現に一歩前進、日本人が活躍する「次世代型時計」開発の意義
ニューズウィーク日本版 / 2024年4月24日 14時50分
-
「宇宙人」は存在するが、地球に攻めてはこない…天才物理学者がそう断言する「マルチバース」という最新理論
プレジデントオンライン / 2024年4月16日 10時15分
-
東大、MOFと有機分子を用いて「量子スピン液体」の実現に一歩前進
マイナビニュース / 2024年4月15日 19時59分
-
重力子と一部の性質が共通する「カイラル重力子モード」の合成に成功
sorae.jp / 2024年4月8日 21時0分
ランキング
-
1外国人観光客向け「二重価格」は海外にも存在するが……在欧日本人が経験した「三重価格」の塩対応
オールアバウト / 2024年5月7日 18時30分
-
2年収は「130万円」と「140万円」のどちらが損ですか? 夫の扶養に入っていますが、実際の手取りはどのくらいになるでしょうか…?
ファイナンシャルフィールド / 2024年5月6日 4時30分
-
3「スナップえんどう」の筋取りが、お家にあるアレを使うだけで簡単キレイに!驚きのアイデアに「目からウロコ」「見ていて気持ち良いー!」
まいどなニュース / 2024年5月6日 15時45分
-
4クルマのホイール「アルミ」と「スチール」どっちがいい? 足元を支える“重要パーツ”のメリット・デメリットとは?
くるまのニュース / 2024年5月7日 17時40分
-
5「サプリメント同士」の“のみ合わせ”リスク もっとも注意すべきは「同じような効果のものを何種類ものむ」ケース
NEWSポストセブン / 2024年5月7日 16時15分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください