「打撃練習中にバットが飛んできた」巨人ルーキー時代の広岡達朗を襲った“プロの洗礼”とその理由
日刊SPA! / 2024年4月6日 15時50分
六大学野球のスター選手として鳴り物入りで巨人に入団した広岡だったが、今の時代のように球団をあげて歓迎ムードで迎えられたわけではなかった。前出のレギュラー陣を見ても一癖も二癖もあるメンツばかり。グラウンドに入れば、自分以外はライバル。この生存競争の激しさこそが当時の巨人の強さを支えていた。
◆「いつまでも打っているんじゃねえ」練習中にバットが飛んでくる
ルーキーの広岡がもっとも面食らったのは、入団間もない頃のバッティング練習での出来事だ。
バッティングケージに入ってカーン、カーンと快音を響かせながら10球ほど打っていると、どこからともなくバットが飛んできた。
「なんだ?」
周りを見ると、ケージの近くに立つ南村侑好の姿が視界に入った。南村は、早稲田大の先輩でもある。
「はい、南さん、どうぞ」
素振りをしていてうっかり手を滑らせたんだなとバットを持っていった広岡だったが、南村は不機嫌そうな顔して「おまえ、はよどけ!」と言う。思っても見ない言葉を浴びせられ焦った広岡だったが、すぐにわかった。手を滑らせたんじゃない、わざとだ。バットを投げつけたのは、いつまでも打っているんじゃねえという意味を込めた洗礼だ。パワハラという便利な言葉がない時代、こんなことは日常茶飯事だった。広岡は言われたとおりそそくさとケージを出るしかなかった。動揺を隠せないままでいると、サードのレギュラーで慶應出身の宇野光雄が近づいてきて声をかける。
「おいヒロ、俺のとこで打て」
「宇野さん、いいんですか?」
「俺は大丈夫だから打て打て、ヒロ」
「ありがとうございます」
南村の予想だにしなかった行動に焦りと戸惑いを覚えていた広岡だったが、ここで遠慮してはいけないと思った。学生野球じゃない。食うか食われるかのプロ野球なのだ。図太くなければ生きていけない。宇野の言葉に甘え、別のケージで何食わぬ顔をしてバッティング練習を続けた。
この出来事によって、広岡はプロとは何かを考えるようになる。通常なら早稲田の先輩である南村が後輩の広岡に目をかけてあげるものなのに、容赦ない鉄槌を下す。そして手を差し伸べてくれたのが、慶應の宇野。たまたまかもしれないが、これにも意味があると感じるのはもっと後のことだ。
広岡は、どこかで驕りがあった自分を恥じた。褌を締め直さないと。新たな再スタートとなった。
プロの洗礼を受けて目が覚めた広岡は、自らを〝六大学野球のスター〟ではなく〝プロ野球選手〟として一から鍛え直すことから始めた。守備に関してはめっぽう自信があったが、ことバッティングに関してはキャンプ終盤まで打てる気配がなかった。しかし、当時はコーチが丁寧に選手を指導するということもなかった。だからといって指を咥えてじっとしているわけにはいかない。広岡はすがる思いで、三年連続でベストナインを獲得していたショートの平井に教えを請いに行こうと決意した。
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