心身に負った“傷”は誰が癒やすのか――さまざまな傷と向き合う10の物語/千早茜『グリフィスの傷』書評
日刊SPA! / 2024年5月15日 15時50分
千早茜・著『グリフィスの傷』(集英社)
世の中には読んだほうがいい本がたくさんある。もちろん読まなくていい本だってたくさんある。でもその数の多さに選びきれず、もしくは目に留めず、心の糧を取りこぼしてしまうのはあまりにもったいない。そこで当欄では、書店で働く現場の人々が今おすすめの新刊を毎週紹介する。本を読まなくても死にはしない。でも本を読んで生きるのは悪くない。ここが人と本との出会いの場になりますように。
誰もが身に覚えのある傷。普通であれば早く治ってほしい。痛みとはおさらばしたい。そう思う人が大多数だろう。しかし月日が経ち、忘れかけていた傷痕をそっと触るとき、苦しんでいたあの頃を思い出すことがあるかもしれない。その過去は忘れ去りたいものなのだろうか。もしくはちょっと甘美な感じに変化しているのだろうか。千早茜の新刊『グリフィスの傷』は、そんな現在進行系の傷と傷痕に真摯に向き合う短編小説集だ。
日常で受けた微かな身体の傷、事故で負った一生残りそうな重篤な傷、そして見た目ではわからない心に刻み込まれた傷……。いろいろな場面から見える登場人物たちの身体の疼きと気持ちの移り変わりが印象的だ。短編10作のうち、あえて次の2作品を挙げてみたい。
まずは「この世のすべての」。本書のなかでも痛みのにおいが強く漂う。主人公の〈わたし〉は自宅マンションで引きこもりを続ける女性。心と身体へ受けた傷によって、父親を含めた男性と接することができなくなってしまった。彼女は家族に見守られながら息をひそめ、〈おびやかすもののない、退屈な日常〉を送り、他の住人も表面上は穏やかに過ごしているように見えた。だがそんな平穏な日常に突如、顔中にひきつれた傷があり、住人から〈お化けより鬼より〉恐れられる男が現れる。
昔、〈熊みたいな犬に喰いつかれた〉という老いた男は、恨みを晴らすようにマンション中の飼い犬や飼い主に、見境なくクレームをつける。男と他の住人の絶え間ない争いを冷静に見つめる〈わたし〉の視線がそっと絡む。さらに彼女の心のなかのコントロールできない恐れや、今の生活を守ろうとする力がうごめき出す。そして男から次のような気持ちを感じ取る。
〈わたしはこの凄惨な傷痕をどんなに眺めても、男から怒鳴られたことはない。憐れまれていたからだと、やっと気づいた〉
そう気づいた彼女の心境の変化とは。さらにその後、敷地内で次々と起こる犬の虐待を疑われた男に対して取った行動とは。繊細な心理描写と、二人以外の住人の無遠慮な視線も絡んで、サスペンスとしても読み応えがある一作だ。
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