「喪失は簡単に整理できない」――母親の「私」と自殺してまもない息子の対話/『理由のない場所』書評
日刊SPA! / 2024年6月4日 8時49分
イーユン・リー 著/篠森ゆりこ 訳『理由のない場所』(河出書房新社)
世の中には読んだほうがいい本がたくさんある。もちろん読まなくていい本だってたくさんある。でもその数の多さに選びきれず、もしくは目に留めず、心の糧を取りこぼしてしまうのはあまりにもったいない。そこで当欄では、書店で働く現場の人々が今おすすめの新刊を毎週紹介する。本を読まなくても死にはしない。でも本を読んで生きるのは悪くない。ここが人と本との出会いの場になりますように。
渡せなくなってしまった本がある。本屋をやっていると、注文品を受け取りに来ないお客さんがよくいるため、渡さずに終わってしまった本が頻繁に生まれる。しかし今回はそうではなかった。初めてのかたちの「渡せない」だった。
その人は週に1回草野球をしている。仏教についての造詣が深いもよう。80歳になった兄弟がいるらしい。煙草が好き。毎年、秋になると拾ってきた銀杏をたくさんくれる(正直に言うと、食べきれなくて少し困っている)。そして、毎年4月に刊行される野球のルールブックを私に注文してくれる。だから週に1回の練習日に渡しに行った。その人はいなくなっていた。つい最近まで私のピッチング練習の球を受けていたその人が、急にこの世からいなくなってしまった。
イーユン・リー著『理由のない場所』(河出書房新社)は、著者自身の長男の死をきっかけに書かれた作品だ。物語の語り手である母は、いなくなってしまった長男と「対話」をする。それは時間と場所を超越した営みであり、おそらく、身近な者を亡くした経験のある者なら似たようなことをしたことがあるのではないだろうか。現実を受け入れるための時間。あるいは、受け入れないでいるための時間。いずれにせよそこに正解はなく、どうやっても「いなくなってしまった」という事実を変えることはできない。最も欲しい正解である「ここにいてほしい」は手に入らない。
だから今回この本を選んだのだ、というわけではない。この本の筋立てや構造を、私はすっかり忘れていたのだ。いつも通り担当編集に次の書評本候補を訊かれ、そういえば単行本で読もうと思っていたのに文庫になっちゃったな、いい機会だから読もうかな……という流れでこの本になったのだ。
私たちが本を読む理由をあえて2つにわけてみるならば、それはこれまでに経験したことを再確認するための読書と、これから起こりうることに備えるための読書である、と言うことができるのかもしれない。
前者には共感があり、それゆえの救いを私たちは得ることになる。同じ経験をしている者が自分のほかにもいるということ、書かれていることが「わかる」ということ、そしてそれは自分のこの経験が他者にもわかってもらえるかもしれないということ。そのような希望を私たちは得るのだろう。
一方、後者には本を読んだ時点での共感や救いはないのかもしれない。きっと「わかる」と思うことのほうが少ないだろう。しかしだからといって意味がないわけではなく、いつかのための準備となる読書なのだ。
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