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「その人にしか書けないものが本である」尾崎世界観の代表作になるべきバンド小説/『転の声』書評

日刊SPA! / 2024年8月6日 8時50分

「その人にしか書けないものが本である」尾崎世界観の代表作になるべきバンド小説/『転の声』書評

尾崎世界観・著『転の声』(文藝春秋)

 世の中には読んだほうがいい本がたくさんある。もちろん読まなくていい本だってたくさんある。でもその数の多さに選びきれず、もしくは目に留めず、心の糧を取りこぼしてしまうのはあまりにもったいない。そこで当欄では、書店で働く現場の人々が今おすすめの新刊を毎週紹介する。本を読まなくても死にはしない。でも本を読んで生きるのは悪くない。ここが人と本との出会いの場になりますように。
『転の声』は素晴らしく面白かった。それはこの小説が「クリープハイプの尾崎世界観」にしか書けない話だからだ。

 ロックバンド「GiCCHO」のボーカリスト、以内右手は焦っていた。バンドとして着実に実績を積み重ね、テレビの人気音楽番組にも出演するようになるが、あるときから思うように声が出ない。最近では自分の書いた曲なのにうまく歌いこなせなくなっている。SNSでエゴサーチすると「以内さん声出てない?」とか書かれている。
 このままでは自分たちはヤバい、と考えた以内は、手がけたライブチケットを定価以上の値段にして売ることで時代の寵児になっていた「カリスマ転売ヤー」エセケンに「俺を転売してくれませんか」とすがりつく――。

『転の声』で描かれるのは、私たちがよく知っている現実世界そのもののようで、ほんの少しだけ違う「設定」になっている。それは誰かが一度手に入れたものに高い値段を上乗せして売る転売行為が人々にある程度許容されていることだ。
 上乗せした値段は「プレミア」という名に置き換えられ、アーティストたちはより高い「プレミア」が付くことが人気がある、影響力の強いアーティストとされ、テレビ番組で「今週もっともプレミアがついたチケットは?」という煽りとともに「週刊プレミアムチケットランキング」が発表されたりする。
 なかでも音楽系ライブのチケットに特化した転売ヤーを数多く抱える、転売専門のマネジメント会社【Rolling→Ticket】はプレミアの収益の一部をアーティストに分配することで公認化されており、その代表を務める「カリスマ転売ヤー」エセケンは新しいビジネスの成功者としてしばしばメディアに取り上げられている。

「地力のあるアーティストこそ、転売を通してしっかりとプレミアを感じるべきです。定価にプレミアが付く。これはただの変化じゃない。進化だ。だから、私は発展の展と書いてそれを【展売】と呼んでいます」
「定価への敬意が足りないね。(中略)定価があるから転売がある。(中略)定価をおろそかにする売り手に決してプレミアは生み出せない。(中略)迷ったら必ず戻る。どこへ。定価へ」

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