東京・葛飾「平沢王国」に異変 異例の“代議士3人時代”突入へ【衆院選2024】
TBS NEWS DIG Powered by JNN / 2024年10月31日 21時46分
東京・葛飾区立石。千円あれば酔っぱらえる「せんべろ」の街として知る人も多い。下町情緒を醸し出す仲見世商店街は、昼から頬を赤くした酔客の姿も珍しくない。
衆院選が公示された今月15日、立石の一角にある神社には朝から多くの人が集まり、平沢勝栄氏(79)の「出陣式」が執り行われた。
葛飾区(東京17区)では小選挙区制が敷かれた1996年の衆院選以降、平沢氏が議席を守り続けている「平沢王国」だ。民主党(当時)が政権を奪取した2009年の衆院選でも、平沢氏は圧倒的な強さで民主党の対抗馬を破った。
しかし今回、“裏金問題”に端を発し、平沢氏は自民党の公認無しで戦うことになり、陣営は危機感を募らせていた。
「初めて供託金を払いに行きましたよ。今までは党がやってくれたので…」
陣営の関係者が「異例の選挙戦」であることを吐露した。
葛飾に生まれ育った私はこれまで地元である東京17区の情勢取材を担当してきた。今回、初めて自民党の非公認となり無所属で出馬した平沢氏の選挙戦を取材した。
記者「平沢さん、意気込みは?」
平沢氏「…」
記者「きょうを迎えて、お気持ちは?」
平沢氏「…」
異様な光景だった。
公示日に平沢氏は記者から向けられた質問に何も答えず、ダンマリを決め込んでいた。普段は無風の選挙区のため、こんなに報道陣がいるのは見たことがないが、今回は公示前から「裏金・非公認」の選挙区として取材が加熱していた。平沢氏は「渦中の議員」として注目されることを快く思っていないように見えた。
しかし、今の心境を聞きたい。こう思った私はひらめいた!
筆者「平沢さん、僕、立石出身なんですよ」
平沢氏「え?そうなの??」
この日、初めて喋った!さすが「ミスターどぶ板」といわれる平沢氏。地元出身者のお願いは断れなかったようだ。
筆者「どうですか、今回は?周りの声は?」
平沢氏「今回はただ勝つだけじゃダメなんだよ。大差で勝たないと!」
平沢氏は大差をつけて勝つことを強調した。こうした意向を汲んでか、平沢氏を支える地元の自民党区議・都議らもピリピリしているように見えた。
「修祓式(しゅうれんしき)」と呼ばれる出陣の行事は、まるで時代劇で見るような儀式だった。平沢夫妻の脇を葛飾区長と御年100歳の後援会長兼選対本部長が固め、さらに自民党区議団らが整列していた。
「おめえら、早く並べよ!」
べらんめえ口調の怒号が会場に響いた。区議団の幹部が、もたついている若手の区議に向かってマイクを使って言い放った。時代に逆行するような怒号にドキッとしたが、会場に集まった支援者らは気にしていないようだった。この日集まった支援者は町内会の会長など古くから平沢氏を支えている高齢者が多かった。
あいさつで自民党都議が「今回の党本部の決定は釈然としない」と話すと、多くの支援者がうなずいていた。ここでは党本部の決定に異を唱えても平沢氏のためなら“正義”となるかのようだった。
平沢氏はこう息巻いた。「私は総裁選で石破さんを応援した。言いたいことはあるけれど、今は言わない方が良い」。自民党総裁選で平沢は石破氏を支えたにも関わらず、非情にも公認されなかったことに不満を隠さない。
そして平沢氏は、自身と同じ警察官僚出身の佐々淳行氏が石原慎太郎氏に贈った台詞「反省しろよ慎太郎 だけどやっぱり慎太郎」を引用した。
「『反省しろよ自民党、平沢!だけどやっぱり自民党、平沢』なんですよ!」
支援者からこの日一番の拍手が沸いた。
平沢氏の強さの秘密は徹底的な「どぶ板」と言って良い。
私が小学生の時のことだった。100歳を目前に大往生した曾祖父の通夜に突然、平沢氏がやってきたのだ。曾祖父は政治とは無関係だったので、親族一同驚いていたのを覚えている。
「ひーじーちゃんのために偉い人が来てくれたんだよ!ヒラサワ先生っていうんだよ」。幼心に強烈な印象が残ったことを覚えている。
また最近、私が所属していた地元小学校のサッカークラブが創立30周年を迎え、ささやかな祝賀会が開かれた。そこにも「ヒラサワ先生」がやってきたのだ。しかも、自民党区議・都議を引き連れての大所帯だった。クラブ関係者は「だれも平沢氏を呼んでいない」ということだったが、区の施設を使用した催しだったため、平沢氏に情報が入ったのだろう。「義理と人情」がどこよりも濃く残る下町では、こうした活動が絶大な効果を発揮しているのかもしれない。
そんな平沢氏でも、今回ばかりは裏金事件で窮地に追い込まれたように見えたが、陣営の関係者は「思ったより逆風を感じなかった」と話す。支持者からは「石破さんを応援したのに、気の毒」といった声を掛けられたという。
そして、開票結果は…。
平沢氏が得票率34%と「薄氷の勝利」だった。2003年以降、常に50%を超えていた平沢氏の得票率が初めて50%を割ったのだ。投票が締め切られた午後8時に「当確」を打った社はゼロだった。
JNNの出口調査の結果を分析すると、平沢氏に投票した人の約67%が「自民党の裏金問題について考慮した」と回答した。多くの有権者が出陣式での平沢氏の言葉のごとく「それでもやっぱり平沢」と判断したのだろうか。
一方、世代別の投票先を見ると一定の傾向が見えた。
平沢氏は年代別に見て40代~80歳以上で最も高い得票率となったが、20代、30代は得票率が最も高かった候補の半分ほどしか獲得できなかった(※10代はサンプル数が少なく分析対象から除外)。
その結果、対抗馬の円より子氏(国民)と猪口幸子氏(維新)が平沢氏に迫る勢いで票を獲得し、比例復活。小選挙区制に移行後、初めて葛飾(東京17区)から3人の衆議院議員が当選し、未曾有の「代議士3人時代」を迎えることになった。
気になる数字もある。
葛飾区選挙管理委員会によると、今回、無効票となったのは1万4631票で全体の7.31%にも上った。そのうち9623票が白票だったという。無効票の割合と白票の数は、選管がさかのぼることが出来る2017年以降、3回の衆院選で最多だった。
“最多”の白票と「3人当選」という過去に例を見ない選挙結果となった葛飾。
今回の結果は“葛飾の政変”と言えるのか。そして若い世代の「平沢氏離れ」は、これからの葛飾の政治環境にどう影響を与えるのか。今後も地元葛飾をウォッチしていきたい。
岸将之(TBSテレビ 調査報道部特別報道班)
東京・葛飾区出身。これまで所属した社会部では東京地検特捜部や裁判所などの取材を担当。その後、「報道特集」に所属し東京五輪での「弁当13万食廃棄問題」や、侵攻が始まった翌日からウクライナ・ベラルーシの両国で取材をした。 2024年7月から所属する特別報道班ではM&Aで中小企業が悪意ある買い手企業の被害に遭っている実態などを取材。
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