井上尚弥に悔しさを与えた有明の空席 必要なのは発言か、キャラか…「実力だけ」で叶えた東京D
THE ANSWER / 2024年5月7日 6時33分
■井上尚弥がネリに逆転TKO、こだわり続けた「ボクシングで魅せる」
ボクシングの世界スーパーバンタム級(55.3キロ以下)4団体タイトルマッチ12回戦が6日、東京ドームで行われ、王者・井上尚弥(大橋)がWBC1位の指名挑戦者ルイス・ネリ(メキシコ)に6回1分22秒TKO勝ちした。34年ぶりに開催された東京ドームボクシング興行。過去にドーピング騒動や体重超過を起こし、日本と因縁深い悪童を迎え撃ち、4万3000人を熱狂させた。
日本人で初めてメインイベントを務めたが、かつては会場が「半分も埋まらない」時期も経験した。ファンを楽しませるためにこだわり続けたのは「ボクシングで魅せる」。試合内容で魅了し続けたことでたどり着いた世紀の興行だった。戦績は31歳の井上が27勝(24KO)、29歳のネリが35勝(27KO)2敗。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)
◇ ◇ ◇
ほんの一瞬、東京ドームの時が止まった。
初回、井上が接近戦からアッパーを放った直後だ。ネリの左フックが顎に着弾。あの世界最強モンスターがリングに這いつくばった。4万3000人の頭上にそろって浮き出た「!?」。スリップか。違う、まさかのダウンだった。
高校2年時に父・真吾トレーナーとやったスパーリングでボディーを受けてダウンしたことがあるが、試合では初ダウン。状況を理解したファンからどよめきと悲鳴が沸騰した。真顔でレフェリーのカウントを見つめる井上。立ち上がり、再開後もロープを背負った。
1990年にマイク・タイソンがジェームス・ダグラスに大番狂わせを許して以来の東京ドームボクシング興行。だが、2度目の悲劇はない。2回、ネリの打ち終わりに狙いすました左フック。ダウンを奪い返し、挑戦者を見下ろした。5回にもロープ際から左フックで2度目のダウン。決着は6回、右アッパーからの右フックで3度目のダウン。崩れ落ちた悪童を背にコーナー上で絶叫した。
東京ドームがそのまま爆発してしまいそうな熱気。国民的ヒーローは安堵の汗を拭い、自虐を込めた。
「凄いプレッシャーがあったんですけど、皆さんの声援が僕のパワーになりました! 1ラウンド目のサプライズ、皆さんたまにはいかがでしょうか!?」
興奮と笑い、感動に包まれた客席。ただ、この光景は井上にとっても当たり前じゃなかった。
「スーパーフライ級時代に有明コロシアムを超満員にできない時代もありました」
悔しさを味わったのは2015~17年、スーパーフライ級王座の防衛戦を開催した同会場。強敵にも恵まれず、大橋秀行会長は約1万人収容でも「半分も埋まらない時があった」と振り返る。「試合だけで魅せてきて東京Dでやれる。実力だけで東京Dにたどり着いたのは大きなことなんです」
試合後の会見で笑みを浮かべた井上【写真:荒川祐史】
■井上がベテラン記者に聞いた「その選手はどういう理由で人気に?」
井上のこだわりが垣間見えたエピソードがある。
2019年にジムで取材後、雑談ベースで歴代の日本人世界王者の話になった。井上は生まれる前に名を馳せた大先輩について、「その方はどういう理由で人気になったんですか?」とベテラン記者に尋ねていた。強さか、発言か、キャラクターか、それとも背景にある人間ドラマなのか。プロボクサーとして人を魅了する時、何をもって注目を集めるのか重視しているようだった。
モンスターがデビューから心に決めているのは一つ。「ボクシングで魅せる」。小学1年からグラブをはめ、達人レベルまで磨き上げた技術と肉体。その極意だけで人の心を掴みたかった。
「プロとして見せるべきものがある。絶対に『見てよかったな』と思ってもらえる試合をしたい」
競技の価値を高めたいからこそ、無用な話題づくりはしない。挑発にも乗らないし、自身の考えは述べても舌戦にまで発展させない。“知られざるエピソード”の提供も多いとは言えないが、ボクシングの話はたっぷりしてくれる。
2018年にバンタム級転向。10年間無敗の王者を初回で倒し、70秒KOも飾った。ロドリゲスを悶絶させ、ドネアとはフルラウンドの死闘。ハイライトは数知れず、4団体を統一すると、昨年はスーパーバンタム級でも無双を誇り、わずか2試合で4本のベルトをかき集めた。
東京ドーム開催は昨年初夏に持ち上がった。4万人を超える集客力はもちろん、1年先の試合まで絶対に負けないこと、世界配信による放映権料とクリーンなイメージで獲得できるスポンサー料で集まった莫大な資金。世界のファンに「見たい」と思わせる井上だから数々の障壁を乗り越え、歴史的興行が実現できた。
大橋会長は「東京ドームで開催できるのは井上尚弥の存在、これまでの試合内容に尽きます」と繰り返す。そしてまた、先制ダウンを奪われた後の逆転TKO。伝説的な試合を続け、世界のファンを満足させた。
年間3試合を見据え、次戦は9月頃。この日は18勝(8KO)の26歳、WBO&IBF1位サム・グッドマン(オーストラリア)をリングに上げた。これから交渉を進めていく。
「ここに駆けつけてくれた4万人のお客さん、満足する試合だったと思います。期待する試合、最高の試合をしていきたい。今後とも期待してください!」
34年の時を超え、東京ドームに帰ってきたボクシング。その中心に立つモンスターが次に熱狂を生むのは、4か月後だ。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)
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