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松永成立氏と武田修宏氏が語る森保監督の〝快進撃〟采配「原点はオフトの結束力」

東スポWEB / 2024年10月25日 11時10分

武田 当時から森保は変わらない。気遣いの選手だったけど、裏側でこっそり動いているようなイメージ。テツさん(柱谷哲二)と同部屋でいろいろ話し合っていたんじゃない。ラモス(瑠偉)さんやカズさん(三浦知良)が注目されてましたが、裏方でコツコツとチームのために頑張っていました。

松永 そうだね。いつも静かな感じ。個性的な選手が多い中でも性格のいいやつだったよ。

武田 今は日本代表監督。カタールW杯ではドイツ、スペインにも勝利して、今度は北中米W杯に向けてW杯予選を戦ってます。期待は?

松永 もう大監督。恐れ多いけど、勉強熱心だし、世界のトレンドもわかっている。マジメにW杯優勝を狙っている。今後もJの選手が欧州に出て行くから、層も厚くなるし、夢が現実的になる可能性はある。それにチームを一つに束ねていると画面越しでも感じる。そういうマネジメントもたけている。重圧をかけたくないけど、そういうチームづくりをしてる。

武田 オフトジャパンの影響は受けているかも。当時のチームは選手間の結束力やまとまりという意味では歴代の中でもトップの方でした。サッカーレベルは今の方が高いけど、森保の原点みたいなものは、あの代表にあるんじゃないかな。

松永 そうだね。あのときは、オフトという大将がいたし、テツがキャプテンシーを発揮してくれた。あの2人がいなければ、チームはまとまらなかった。そのときのイメージは森保の中にもあると思う。

武田 昔は代表の試合が1年に1回しかないこともあった。時代は違いますけど。結束感や代表の誇り、価値、日の丸の思いは強かった。どんな選手でも監督や環境、出会った人たちから違う刺激をもらうもの。森保もそこを持ってやっているはずですよ。

☆たけだ・のぶひろ 1967年5月10日生まれ。静岡・浜松市出身。小1からサッカーに取り組み、名門・清水東高(静岡)を卒業した後の86年に読売クラブ入りした。86―87年シーズンには新人ながら日本年間最優秀選手賞を受賞。チーム名がヴェルディ川崎に変わったJリーグでは93、94年の2連覇に貢献した。A代表は87年に初選出。デビュー戦で初ゴールをマークした。2001年に現役を引退した。177センチ、73キロ。

☆まつなが・しげたつ 1962年8月12日生まれ。静岡・浜松市出身。小6からサッカーを始め、地元の浜名高から愛知学院大を経て85年に日産自動車(現横浜M)入り。88―89年シーズンから2季連続で3冠を獲得した。A代表は87年に初選出。ハンス・オフト監督時代の92年のダイナスティカップ、アジアカップ優勝に貢献した。2000年に引退。現在は横浜MのGKコーチとして後進の指導に取り組む。180センチ、74キロ。

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