「キムタク」ではなく「木村拓哉」を見てみよう――『グランメゾン東京』の演技にSNSで賛辞
LIMO / 2019年10月27日 17時0分
「キムタク」ではなく「木村拓哉」を見てみよう――『グランメゾン東京』の演技にSNSで賛辞
俳優・木村拓哉を振り返る
10月20日から放送が始まったドラマ『グランメゾン東京』の初回視聴率は12.4%(ビデオリサーチ調べ)。好調なすべり出しに加え、主演の木村拓哉に賛辞が集まっています。
『グランメゾン東京』の放送時間には「やっぱ木村拓哉は違う」、「やっぱキムタクって最強」、「くやしいけどキムタクかっこいいな」という声がSNSで見られました。その一方、いつの頃からか恒例になった「キムタクは何を演じてもキムタク」という声も散見されます。
「キムタクは何を演じてもキムタク」とはいつ頃から言われていて、それは本当なのでしょうか。はたして「キムタク」とは何なのでしょうか。これを考えてみたいと思います。
「木村拓哉」というタレントの始まり
筆者が木村拓哉という人物をテレビの中に初めて見たのは1987年のことでした。当時猛烈と言っていい人気を博したアイドルグループ光GENJIのバックダンサーとして登場した「スケートボーイズ」。木村はその1人だったのです。
光GENJIはローラースケートをはいて歌って踊るグループでした。そのバックでスケートボードに乗っていたのがスケートボーイズです。光GENJIの路線を受け継ぐかたちで、十数人からなるスケートボーイズから選抜された6人がSMAPとして世に出ることになります。
「SMAP」とは「Skate Music Assemble People」の頭文字を取ったグループ名でしたが、CDデビュー以降スケートボードに乗ることはなくなったので、「Sports Music Assemble People」に改められました。
SMAP結成以降、「木村拓哉」という人は一般に認知されるようになります。SMAPとしての活動は1988年からですが、『Can't Stop!! -LOVING-』でCDデビューするのは1991年。満を持してのデビューでしたが、頃は既にアイドル冬の時代。爆発的な人気にはすぐにはつながりませんでした。
「キムタク」と呼ばれるようになった頃
1980年代までは「アイドルグループはバラ売りするようになったら解散間近」というようなことがまことしやかに言われていました。グループのメンバーがそれぞれ別の番組に出演することは稀れなことだったのです。SMAPはその慣例を破って、ドラマやバラエティ番組に1人1人が積極的に出演するようになった先駆者と言えます。
木村拓哉も早い時期から単身でドラマに出演していました。最初のうちは単発ドラマや連作のうちの1話に登場するかたちでしたが、そのうちの『世にも奇妙な物語』(第3シリーズ/1992年)の『言葉のない部屋』が一般の注目を集めました。
主人公でありながら名前がない役でしたが、田舎から上京したものの都会に馴染めず孤立していく青年の不安や寂しさを訴えかけてくる演技は、見る者に強い印象を残しました。本放送を見ていた筆者も、放送から27年が経つというのにまだ忘れていません。
同年、初めての連続ドラマに出演し、さらにいくつかドラマをこなした後、翌年出演した『あすなろ白書』の取手治役で「木村拓哉」の名は広く知られるようになります。このときは「木村拓哉」として名が広まりました。
「キムタク」と呼ばれるようになるのはこの2年後の1994年のドラマ『若者のすべて』が放送された頃です。『若者のすべて』は萩原聖人とのW主演。連続ドラマでの単独主演を果たすまでにはさらに2年待つ必要があります。
「キムタクは何を演じてもキムタク」は本当か
木村拓哉の連続ドラマ単独初主演は1996年放送の『ロングバケーション』です。単独初主演であると同時に月9枠での初出演かつ初主演でもありました。木村はこの頃既に「キムタク」と呼ばれていましたが、「キムタクは何を演じてもキムタク」というようなことはまだ言われていませんでした。
そのように言われるようになったのは2000年代に入ってから、いわゆる「キムタク職業ドラマ」の『HERO』や『GOOD LUCK!!』などが放送されたあたりからではなかったでしょうか。誰が何を理由にこれを言い出したのかは不明ですが、おそらくはインターネット上での発言だったのでしょう。あっという間に拡散されて、多くの人が使う文言となりました。
しかし、本当に「キムタクは何を演じてもキムタク」なのでしょうか。これを唱えている人は彼が演じているすべての役を自らの目で見て比較した上で言うのでしょうか。流行語のように使い勝手のいい言葉として言ってはいないでしょうか。
もしも本当に「キムタクは何を演じてもキムタク」なのであれば、木村の代表作とされる『ロングバケーション』の瀬名秀俊はキムタクと言えるでしょう。『HERO』の久利生公平もキムタクと言えるでしょう。『CHANGE』の朝倉啓太も、『安堂ロイド~A.I. knows LOVE?~』の安堂ロイドことARX II-13もそうです。
それならば、瀬名秀俊は朝倉啓太である、あるいはARX II-13は久利生公平であると言えることになりますが、はたしてそうなのでしょうか。何を演じても同じであるなら、人物だけをそのまま入れ替えてみてもドラマは成り立つはずです。
屁理屈のように思えるかもしれませんが、一度入れ替えて想像してみてください。朝倉啓太が『ロングバケーション』の世界で葉山南と同居している様子を。ARX II-13が『HERO』の世界で検事を務めている姿を。
「何ら違和感がない」のであれば、「何を演じても同じ」ということにもなりましょう。しかし、わずかにでも「何か変だぞ」と感じる部分があるならば、それはその部分において演じ分けができているということではないでしょうか。
きちんとドラマを見ていたみなさんは上記に述べた「入れ替え」をしてみて違和感を覚えたことと思います。木村拓哉という俳優は、それだけそれぞれの役をしっかりと演じていたからです。
『安堂ロイド~A.I. knows LOVE?~』に見る木村拓哉の演技の例
木村拓哉は髪型さえどの役も同じにはしないという姿勢で臨む俳優です。演じるに当たっては取り組み方を変えているのでまったく同じにはなり得ません。たとえば『安堂ロイド~A.I. knows LOVE?~』では天才物理学者・沫嶋黎士と彼にそっくりなアンドロイドARX II-13を演じていますが、沫嶋とARX II-13は対照的とも言えるキャラクターでした。
ARX II-13はアンドロイドであるため、人間とは異なった挙動をします。この「人間とは異なる」部分を表現するため、木村は「まばたきを一切しない」、「倒れるときに真っ直ぐ横倒しになる(受け身を取らない)」など、「動かない」という動きを芝居に取り入れていました。
これは登場人物のセリフやナレーションで補足されることがなく、視聴者が自身で気づかなければならない部分でしたが、目で見てわかりやすい部分であったので気づいた人も多かったでしょう。
他方、沫嶋は天才ながら性格はおとなしく、対人恐怖を持ち合わせた人物でした。恋人である安堂麻陽とのキスシーンでは、相手が愛する人であっても緊張して身体が硬直するさまが開いた指先まで表現されていました。
しかし麻陽との生活が見られる別のシーンでは、それでも恋人の前では安心して過ごす、リラックスした沫嶋の表情なども魅力的に見られました。いくぶんトゲトゲして時折舌打ちなどもするARX II-13との差異が明らかな部分です。
よく見なければわからない部分にも注意は払われていて、それが最もよく観察できるのは沫嶋が射殺されるシーンです。そのシーンでは弾丸が複数、正面から撃ち込まれますが、その1弾ずつに沫嶋の身体は衝撃を受けて揺さぶられ、表情には驚愕、恐怖、苦痛が続けざまに現れます。さらに表情が変わるごとにそこには死が混じり出します。
あらぬ方向への視線の揺れ、不自然に歪む顔貌、口蓋から飛び出す舌。生きている者が表すことがない表情が現れるのです。弾丸が数発発射され、すべて着弾するまでの数秒の間に、沫嶋を演じる木村はこれらを身体を大きく使って表していました。しかし、わずかな時間の出来事であるために、視聴者は見逃しがちです。
しかしながら、サブリミナル的とでも言うのでしょうか、このひとつひとつの挙動を視認していないとしても、思いがけない死が訪れたのだという印象を視聴者は受けることができたでしょう。このシーンを見ていながらこの印象を得られなかったのだとしたら、それは何かに目の前をふさがれていたのかもしれません。
「キムタク=木村拓哉」ではない?
「キムタク」とは誰が使い出した呼称なのか、定かではありません。ファンかもしれないし、ファンではない人かもしれません。確実なのは、木村拓哉ファンは彼を「キムタク」とは呼ばないということです。
現在ではさほどでもありませんが、かつて木村は「キムタク」と呼ばれることを嫌がっていました。それは「キムタク」という呼び名がひとり歩きしてしまう気がする、という理由からでした。
はたして、確かに「キムタク」は「木村拓哉」から乖離してひとり歩きしてしまいます。多くの人が抱いている「キムタク」像は、木村拓哉の実像とはおそらく異なっています。というのも、木村拓哉の「素」の部分は見えることが少ないのです。
SMAPの一員だった頃から、木村のソロ活動はドラマ、映画、CMなどが主で、レギュラー出演するバラエティ番組はありませんでした。歌番組のトークなどを除いては、木村の「素」の部分が見える場がほとんどなかったのです。
つまり、一般に「キムタク」として捉えられている像は、捉えている人が持っている「イメージ像」であって、実際の木村拓哉とは異なる可能性が大いにあるのです。そのイメージは、木村拓哉が多く露出する場所であるドラマから得られたものである部分が大きいと考えられます。
また、木村が演じるドラマの役柄も、自己主張が強く「無敵」と言えるほど能力値が高くて「カッコイイ」という、似たタイプの青年ばかりが一時期続きました。それはそのような男性が視聴者から望まれていたからでもあるのですが、それが「キムタク」のイメージを固定させる一因ともなっています。
一度固定されたイメージは目をくもらせます。「キムタクは何を演じてもキムタク」というのは、視聴者が自らの目にかぶせたフィルターであると言えましょう。先に例として述べた『安堂ロイド』の印象的なシーンも、「所詮キムタク」にしか見えなかった視聴者の目はこのフィルターでふさがれていたのではないでしょうか。
批判しながらやっぱり見ている視聴者
「キムタクは何を演じてもキムタク」という色がついた眼鏡を通して木村拓哉の演技を見ている人たちも、結局のところ彼が出演しているドラマなり映画なりを見ています。見たからこそ「キムタクは何を演じてもキムタク」という批判を述べるのです。見もしないで言っているのであればそれは批判ですらなく、ただの悪口です。
そのようなことを口にしながらも見ているということは、その人たちは少なからず木村拓哉の演技に期待しているということでもありましょう。あるいは『水戸黄門』の印籠のように、マンネリズムに文句を言いながらもそれを見たいと期待している、という人もいるのかもしれません。
2015年放送の『アイムホーム』以降、木村が演じる役柄も芝居の方向性も、舵を切る方向が変わってきています。「カッコイイ」役が続いた木村でしたが、『アイムホーム』や『BG~身辺警護人~』などでは「かっこ悪い」面も見せる役をこなすようになりました。
演じる側が変わりつつある現在、視聴者も目を覆っているフィルターを外し、見る姿勢を変化させるべきときが来ているのです。
まとめ
批判や文句がありながら高視聴率を記録し続けた「キムタクドラマ」。木村拓哉という俳優がさまざまな役柄とその職業を演じてきたドラマを見て「救われた」という人も、実は少なくありません。
ドラマの中で「キムタク」は、就いた仕事を立派にこなし周りの人々を大切にすることに邁進していました。それを見ながら美容師やパイロットなどの職業を選び、あるいは既に就いている仕事に励み、いっぱしの職業人になったという人もいるのでしょう。
今季放送の『グランメゾン東京』で木村は、フランスでかつて二ツ星を得たシェフでありながらある事件をきっかけに堕落し、しかし再び料理人として立とうとする尾花夏樹という人物を演じます。一度挫折してしまった人物です。
『グランメゾン東京』は大人が夢を追う青春群像劇。三つ星シェフを目指す女性と、一度は挫折しながら彼女に三つ星を取らせようと再び立ち上がる料理人・尾花が出会うことから物語は始まりました。尾花の今後と見守るとともに、今度はキムタクではなく、木村拓哉の芝居を確認してはいかがでしょうか。
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