「看取りマニュアル」を作った島〜本当に豊かな「終活」を鹿児島の離島に学ぶ
LIMO / 2018年5月31日 6時0分
「看取りマニュアル」を作った島〜本当に豊かな「終活」を鹿児島の離島に学ぶ
僕は2015年にご縁をいただいて、鹿児島県十島村のある取り組みにほんの少しだけ関わりました。十島村というのは、100人前後の有人島7つで構成されたトカラ列島の村です。その関わりの中で非常に考えさせられたのが、村の保健師さんの言葉でした。
私は十島村が作ったこの(看取りに関する)マニュアルを他の地域に配りたくないんです。本当に大事なのはマニュアルではなく、住民と行政と専門職、警察も消防も・・・関係各機関すべてが、ともに人生の終末について考えて、悩みながら進んでいくことだから。
「マニュアルがあればそれでうまくいく」——そう簡単に考えられてしまうと、逆にその "みんなで悩みながら進む" という過程をないがしろにされてしまいかねません。
今回は、この保健師さんの言葉から、本当に豊かな「終活」とは何なのか、真の「地域包括ケアシステム」とは何なのかを考えたいと思います。
離島の現実
そもそも十島村の島々には常に医師がいるわけではありません。看護師さんは島に常駐していますが、医師は月に2〜3回の巡回診療と本土からの電話対応となっています。
鹿児島と奄美大島を往来する航路を、島々を巡りながら運行する船自体が週に2回しか出ないという(天候次第では船が出ないことも多々あります)、まさに現代の秘境と言うべき島々です。
そんな環境であるにもかかわらず、「末期がんだけど島で最後まで生活したい」と望まれた方がおられました。2015年のことです。
医師が常時駆けつけることができない中で人生の終末を迎えたいという、その方とご家族の決断。「できるわけない」と誰もが思われることでしょう。
事実、十島村の島々ではここ10年ほど島での安らかなお看取りがありませんでした。島で年齢を重ねられたお爺さん・お婆さんが最期まで島で生活することは、常時医師がいないこの島々では望めないことだったのです。
“島で生まれ、島で育ち、島で結婚し子育てをされ、年齢を重ねられてきた方々。それなのに、最期まで島にいたいという思いがどうして叶えられないのだろう?”
そう考えた村役場の方々・保健師さん・島民のみなさんが、県や病院の先生たち、警察・消防など関係各機関と一緒に力を合わせて作られたのが、冒頭の保健師さんが言われたこのマニュアルだったのです。
関係各機関にも、賛成意見・反対意見など様々な思いがあったと思います。島民の思いが一つにまとまらないこともあったでしょう。医師不在の中で人生の終末を迎えることに不安があるのは当然です。
それでも、「島のお爺さん・お婆さんの人生」に思いを馳せ、医療職・行政・警察・島民など関係者の誰に責任を押し付けるでもなく、島のみんなで「島のお爺さん・お婆さんの人生」をシェアしようという合意ができた。その結果がこのマニュアルだったのではないでしょうか。
「最期まで島にいたい」
さて、「末期がんだけど島で最後まで生活したい」と言われた方は、その後どうなったのでしょうか。実は、2016年のお正月、その願いは叶えられました。その様子は南日本新聞の1面トップ記事になっています。
以下、2016年8月22日付け南日本新聞の記事から引用(抜粋)。
余命とされた半年が過ぎても、須美雄さんは家族と穏やかな生活を送っていた。10月の誕生日には食卓を囲んで66歳を祝うこともできた。佳津久さん(息子さん)は最後に親子で漁に出た11月のことが忘れられない。「父は『海の上は気分がいい』と酸素吸入マスクを外し、気持ちよさそうに風を受けていた」。トカラの海が父に生きる力を与えているー。そう思えた。
(中略)
そして16年1月5日深夜。「イヅミ(奥さま)がいてくれたから楽しかった」「佳津久にも、世話になったね」。枕元に寄り添う2人への感謝を口にし、須美雄さんは息を引き取った。十島村での在宅死は実に12年ぶりだった。
(中略)
「余命宣告から8カ月、在宅看取りの決意が揺らぐこともあったけど、あの選択は間違ってなかった」。佳津久さんは今、心からそう思っている。
生まれ育った島で、海の風を感じながらの終末期。とても胸を打たれる素晴らしいお話です。でも、まだ疑問は解決されていませんよね。
「医師がいないのに島で看取りなんてできるの?」とか、「法律的にはどうなってるの?」とか、「そのマニュアルを見たい!」とか、いろいろ言いたいこと、聞きたいことはあると思います。でも、冒頭の島の保健師さんの言葉を思い出してください。
「大事なのはマニュアルではなく、住民と行政と専門職、警察・消防・・・地域のみんなで人生の終末について考えて、悩みながら進んでいくこと」
医療とか介護とか、制度とか法律とか、できるとかできないとか、そんな現実はいったん置いておいて、みんなで「このお爺ちゃん・お婆ちゃんにとって何がいいことなのか」をゼロから考える。悩みながら、迷いながら、地域のみんなで模索する。そこからでないと何も始まらないのではないでしょうか。
マニュアルがあると、病院があると、答えがポンと提示されると、我々はついつい本質的なことを考えることを怠ってしまうように思います。
高齢者医療の現実
ひるがえって日本全体を見れば、自宅もしくは住み慣れた場所での最期を希望する人が少なからずいるのに、いまだに死に場所は病院が8割。
もちろん、高齢になっても最期まで諦めずに病院で胃ろうも気管切開も、中心静脈栄養も何でもしてほしい、という選択は尊重されるべきでしょう。でも、病院で亡くなる8割の人が本当にそれを希望しているのでしょうか?
車の不調は自動車工場、家電が壊れたら電気屋さん、パソコンの不具合はパソコン専門店と、何も考えなくても、専門家がいろいろな物事を自動的に、システマティックに解決してくれる便利な世の中です。
でも、人の命の最期のともしびまで自動的に、システマティックに解決してもらうことが本当の豊かな人生のしまい方なのでしょうか。
お爺ちゃん・お婆ちゃんの「その人の人生にとっての正解」よりも、専門家からポンと提示される「医療から見た正解」や「マニュアルやシステムから見た正解」が優先されてしまっているのではないでしょうか。
また、医療を受ける側の市民も、医療・介護システムやマニュアルの存在に安心してしまい、「その人の人生にとっての正解」を考えることを忘れているということはないのでしょうか。
本当に豊かな「終活」、「地域包括ケアシステム」って何だろう? 終活の本を読んだから、エンディング・ノートにもろもろ書き込んだから、自宅の近くに病院があるから、地域で医療・介護の連携会議をやってるから・・・だから大丈夫?
その時になって、「お母さんにはいつまでも生きていてほしい」と泣かれる娘さんも、「治療法がないなら自然に・・・」と言われる息子さんもおられるかもしれません。
いざその時になる前に、みんなでしっかりと本心を語り合い、誰もが迎えなければならない人生の終末について、あなたの人生の正解について考える。
この道のりを経なければ、エンディング・ノートというマニュアルも、近くの病院という医療システムも、どんなに完璧なマニュアルやシステムがあっても、あなたの幸せな人生にとって本当の意味で役立つものにはならないでしょう。
おわりに
十島村の看取りマニュアルは、島民の人生の終末期についてみんなで真剣に話し合った、血と汗と涙の道のりの証であり、その道のりがあったからこそ須美雄さんは、通常なら「できるわけない」の一言で片付けられる「常時医師のいない島で最期まで生活すること」ができたのかもしれません。
そう考えると、実はシステマティックに解決してくれる医療がなく、みんなで思いを話し合ってゼロからマニュアルを作らなければならない、そんな離島の方々だからこそ、本当に切実に「生きる」そして「死ぬ」ということを考える機会を持てるのかもしれませんね。
まさにこれこそが、本人・家族・地域全体で取り組む「本当に豊かな終活」、「本当に豊かな地域包括ケアシステム」なのではないでしょうか。
保健師さんの「このマニュアルを他の地域に出したくない」という言葉、そして新聞の感動的な記事。この2つから、僕はそんなことを考えさせられました。
でも、この考え方は今の世の中ではちょっと突飛かもしれませんね。皆さんはどう思われるでしょうか。
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