次の利上げに向けて前傾姿勢を強める日銀~「主な意見」のちょっとした違和感~
トウシル / 2025年2月5日 8時0分
次の利上げに向けて前傾姿勢を強める日銀~「主な意見」のちょっとした違和感~
利上げに前のめりな日銀の姿勢を織り込む債券市場
最近の日米長期金利を見ると(図表1)、米国の長期金利が低下傾向にあるにもかかわらず、日本の長期金利が高止まる結果、両者の連動性が崩れているのが分かります。もちろん、この程度の乖離(かいり)は過去にも見られたわけですが、今回の動きが気になるのは、背景に日本銀行の次回利上げに対する前のめりの姿勢があるからです。
<図表1 日米10年金利の推移>
1月30日に行われた氷見野良三副総裁の講演に対する債券市場の反応は、それを如実に表すものでした。
市場では、「見通しが実現していくとすれば金融緩和の度合いを調整していく」、「実質金利がマイナスの状態が続くのは普通の姿ではない」との発言が長期金利の上昇につながったとの解説が見られましたが(図表2)、同様の発言は1月14日の講演ですでに行っており、特に目新しいものではありませんでした。
<図表2 氷見野副総裁の講演(1月30日、一橋大学政策フォーラム)での発言>
それにもかかわらず長期金利が思いのほか上昇したのは、次の利上げが意外と早いかもしれないという思惑を背景とする、いわば売られやすいセンチメントがあったからだとみています。筆者も日々情報収集に努めていますが、確かに日銀周辺からはそうした追加利上げに前向きな雰囲気を感じています。
2月3日の東京市場でも、トランプ新政権によるカナダ、メキシコ、中国に対する関税引き上げを受けて、景気悪化を想定した買いとインフレ懸念をはやした売りが交錯しましたが、結局売りが優勢となり長期金利は上昇しました。これにも売られやすいセンチメントが作用したとみています。
1月金融政策決定会合の主な意見の印象とちょっとした違和感
その3日は、日銀から1月金融政策決定会合の主な意見(「主な意見」)が公表され、全体的に追加利上げに肯定的な意見が多く見られたことも(図表3)、債券相場を軟調にした背景と考えられます。
<図表3 1月の「主な意見」で見られたタカ派的な意見(金融政策運営)>
図表3に示したタカ派的な四つの意見のほかにも、今年の春闘が昨年並みに強いと自信を示す意見や、物価の上振れリスクを指摘する意見などが掲載され、追加利上げに前向きな印象を与えました。さらに、今回の「主な意見」には、ちょっとした違和感を覚えた箇所があります。
というのも、この「主な意見」という資料、「I.金融経済情勢に関する意見」(経済情勢と物価の二つのパート)、「II.金融政策運営に関する意見」、「III.政府の意見」の3部構成になっているのですが、図表4に示した二つの意見の配置が少し変なのです。
<図表4 1月金融政策決定会合における主な意見に掲載された二つの意見>
読者の皆さんは、上の意見を見て、I、II、IIIのどこに配置すべきだと思われるでしょうか。
最初の意見は、日本経済の頑健性は高いと言っているわけですから、「I.金融経済情勢に関する意見」の経済情勢のパート、二つ目の意見は物価の上振れリスクを指摘しているので、同じく「I.金融経済情勢に関する意見」の物価のパートに掲載されるのが自然だと思うのですが、いかがでしょう。
ところが、二つとも「II.金融政策運営に関する意見」に掲載されています。編集ミス? いえいえ、日銀がミスなどするわけがありません。同じステートメントでも、日本語版と英語版で書きぶりを細かく調整する彼らのこと、きっと意図的です。では、なぜ? 「II.金融政策運営に関する意見」が最も注目度が高いため、目立たせたかったのでしょうか。
だとすれば、日本経済は頑健であること、物価の上振れリスクに注意していることを日銀は強調したかったことになります。まあ、長年細かく見てきた筆者がうがちすぎているのでしょうけれども、今回の「主な意見」が追加利上げに前のめりであることに変わりはありません。
なぜ日銀は追加利上げに前のめりなのか~物価上振れリスク~
しかし、なぜ日銀はここにきて追加利上げにこんなに前のめりなのでしょうか。やはり、「主な意見」にもあった通り、物価の上振れリスクの高まりが背景にあると考えています。
先週のレポートでも指摘しましたが、昨年12月の消費者物価指数(生鮮食品除く)は前年比3.0%と11月の2.7%から大きく上振れ、特に購入頻度の高い品目や基礎的支出項目の上がり方が激しいことから(図表5)、国民の感じるインフレの体感温度はヘッドラインよりも高い可能性があります。
<図表5 消費者物価、品目の年間購入頻度階級別指数、基礎的支出項目指数>
1月31日に総務省が発表した東京都区部CPI(消費者物価指数)の1月速報値では前年比プラス幅がさらに拡大しており(図表6)、2月21日に公表される1月の全国CPIでも、生鮮食品除く総合指数の前年比は12月の3.0%から3.2%程度に上振れる公算です。
<図表6 東京都区部と全国の消費者物価(生鮮食品除く)>
こうした最近の物価上振れを受け、政府は昨年末あたりから利上げを容認する姿勢に転換しているとみられ、日本銀行でもやりやすいうちにやっておきたいという意向を強めている可能性があります。7月は官庁や日銀の人事異動の時期でもありますし。
先週のレポートでは、次の利上げについて9月か10月か、それとも早ければ6月と述べましたが、上のような状況を踏まえると、6月(もしくは7月)の可能性が高いと言わざるを得ません。為替が思いのほか円安に振れた場合、4月30日~5月1日に早まる可能性もあります。
いくつかの意外に重い留意点~中立金利の見極め方とIRRBBを通じる影響~
6月(もしくは7月)に利上げを行うとすれば政策金利は0.75%となり、1998年4月の新日銀法施行後のピーク(2007年2月の0.5%)を更新することになります。しかし、そんなトラックレコードよりも重要な点は、政策金利が中立金利(景気に引き締め的でも緩和的でもない金利水準)にかなり近づくという事実です。
もちろん、概念上の金利水準である中立金利を、金融政策運営上、ピンポイントで特定するのは困難であり、やるべきでもありません。パウエルFRB(米連邦準備制度理事会)議長が1月の記者会見で「中立金利はその影響によって知ることができる」と述べた通り、景気などへの実際の影響を確かめながら探るしかないのが現実です。
日本の場合も、識者によって1%、1.5%、2%などさまざまな値が言われていますが、そのうち比較的低めの推計値を基準にすると、0.75%は随分近づいたとみることも可能であり、言い方を換えれば、景気にネガティブな影響が出やすくなるということを意味します。つまり、これまでより慎重な判断が求められることになります。
特に筆者が注視しているポイントは、住宅ローン金利を通じた住宅投資への影響、長期金利上昇に伴う金融機関財務への影響、預金金利の上昇を受けた現金から預金へのシフト、ならびに流動性預金から定期性預金へのシフトです。
中でも預金のシフトは、バーゼルIIの金利リスク(IRRBB:Interest Rate Risk in the Banking Book)規制を通じて、民間銀行の国債購入余力に大きな影響を及ぼすため、留意が必要です。
例えば、流動性預金から定期性預金への大幅なシフトが生じた場合、金利リスク量の算定値が膨らみ、銀行の国債購入余力が減少する可能性があります。
日本銀行では、利上げとともに国債買入れの減額を進めているわけですが、預金のシフトがどの程度生じるか次第で国債の需給バランスが崩れるリスクを高めるため、預金金利の変化やそれに伴う預金のシフトなどにも気を配る必要があります。
(愛宕 伸康)
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