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ケインズが描いた平和/戦争と経済のしくみ 二度の世界大戦を経て築かれた国際経済の基盤

東洋経済オンライン / 2024年1月10日 9時0分

だが、そんなに楽に払えたのなら、フランスに賠償金未払いを口実にしたルール地方占領を許したり、その後も賠償金問題で延々と交渉を続けたりする必要がなぜあったのか、という疑問は残る。その一方で、ドイツは再軍備する余力があったのも事実。そして、本書では確かに、そうした軍事面の配慮をまったくせず、経済の復興だけしか考えていない。これは適切だったのか?

受け継がれるケインズの国際経済観

だが一般には本書の見立ては正しかったと思われている。この教訓を受けて、戦後の経済アーキテクチャが構築された。ケインズはその構築の理論面でも実務面でも深く関与した。そしてそこでの認識も、本書で確立されたグローバル化の進展と経済の相互依存による発展が何よりの基盤となっている。

まずドイツへの賠償請求は、連合軍占領地区における工場設備や現物で行われ(デモンタージュ)、被害者への補償は限定的で、いずれも支払能力は考慮されたし、また東西ドイツ分裂後は停止された。日本への賠償請求は多くの国が放棄した。さらにケインズの死後ではあるが、マーシャルプランにより焦土と化したドイツを含む、ヨーロッパ復興を支援する仕組みができて、それが後の欧州復興開発銀行や世界銀行の開発援助にもつながった。そこにあるのは、経済の立て直しこそが何よりも平和にとって重要という考え方だ。

また本書で懸念されている、通貨の乱発によるインフレと経済混乱を避ける仕組みも確立した。米ドルに特権的な地位を与え、為替レートを固定させる、ドル本位制とも言うべきブレトンウッズ体制だ。ブレトンウッズ会議でケインズは、米ドルをてっぺんに据えるのはいやがり、バンコールという国際決済単位を使った別の仕組みを提案したが、そのあたりの事情はここにはとてもおさまらない。が、ベースとなる通貨安定の重要性に関する基本認識は米国家でも共有されており、それはすでに本書の時点ではっきり出ていた。

このそれぞれについて、当然ながら他にも事情があったとか、冷戦の影響がとかいった指摘はできる。またその数十年後とはいえ、ブレトンウッズ体制は崩れたし、それ以外の部分についても弊害やダメなところはいくらでも指摘がある。さらに頭の痛い問題として、このアーキテクチャが本当によかったのか、そのてっぺんに鎮座したアメリカが圧倒的に強かったからこのアーキテクチャでもゴリ押しが利いただけなのか、という疑問も十分に正当なものだ。

それでも、ケインズの世界観に基づくこの第二次大戦後の世界経済アーキテクチャが、なんだかんだで20世紀の世界経済の驚異的な発展につながったのは、すでにご存じのとおりだ。そして、それが崩れた後に台頭してきた自由市場寄りの仕組みが文句なしにいいかと言えば、多くの人が口ごもるところではある。

本書の時点で、そのアーキテクチャにつながる認識の基盤はできあがっていた。その意味で本書は第一次世界大戦の戦後処理にとどまらず、第二次世界大戦の戦後処理、さらにそれ以後の世界基盤につながる重要な書籍でもある。

山形 浩生:翻訳家

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