亡き人にうりふたつ「藤壺」がもたらす宮中の変化 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・桐壺⑤
東洋経済オンライン / 2024年1月21日 16時0分
じつは帝は、すでに日本の人相見にも若宮を占わせていたのである。なので高麗人の人相見が占った結果も、すでにわかっていたことではあった。だからこそ、この若宮を親王と定めなかったのである。帝は高麗の人相見の言葉もおおいに参考にし、位階のない無品親王(むほんのしんのう)などにして、後ろ盾もないまま頼りない生活を若宮に送らせるようなことはするまい、と心を決めた。自分の治世もいつまで続くかわからないのだから、皇族を離れさせて臣下とし、朝廷の補佐役に任ずるのが若宮の将来にはいちばん安心ではないかと考えた。何を学ばせてもすぐに習得し、ずば抜けて賢い若宮を、臣下などにするのはじつにもったいないけれど、もし親王とするのなら、世間が疑問を持つのは避けられまい。また、占星術の達人に若宮を占ってもらっても同じ答えとなった。そこで帝は若宮を臣下に降(くだ)し、源氏という姓を与えることに決めた。
「四の宮」との出会い
月日が流れても帝(みかど)は桐壺御息所(きりつぼのみやすどころ)を忘れることができないでいる。気を紛らわせるように、相応の姫君たちを入内(じゅだい)させるものの、亡き人と比べることなどとてもできず、生きていることがひたすらつらく感じられるばかりだった。
そんな時、先帝の第四皇女がすばらしい美貌の持ち主だという噂を耳にした。帝に仕えている女官、典侍(ないしのすけ)は、先代の帝にも仕えていた人で、母后(ははきさき)の邸(やしき)にも、よく出入りをしており、この第四皇女も幼い頃から知っていた。母后がどれほど心を尽くしてこの四の宮を守り育てたかも知っており、今も成長した四の宮を見かけることもあるという。その典侍がこんなことを言った。
「これまで三代の帝にお仕えしてきましたが、お亡くなりになった御息所のお顔立ちに似ていらっしゃる方にはお目にかかったこともございませんでした。けれどこの后の宮の姫君だけは、御息所に生き写しかと思うほどに成長なさいました。驚くほどのうつくしさでございます」
それを聞いた帝は本当だろうかと思い、心をこめて母后に入内の件を申し入れた。ところがこれを聞いて母后は言葉を失った。
「なんておそろしいことでしょう。東宮の母女御(ははにょうご)さまがひどく意地悪で、桐壺更衣(きりつぼのこうい)が露骨な嫌がらせを受けたことはみな知っています。そんな忌まわしいところに娘を……」
と用心し、娘を入内させる決心もつかずにいた。そして決心しかねたまま、この母后もこの世を去ってしまった。後に残された姫君が心細く暮らしているところへ、「私の娘である皇女たちと同じように扱いましょう」という、帝からの誠実な申し出がある。
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