「自然資本」への対応には日本の伝統文化が重要だ SDGsと「鎮守の森」やアニミズム文化をつなぐ
東洋経済オンライン / 2024年1月23日 9時0分
ちなみに神社は明治の始めには約18万存在しており、これは大きく言えば当時の日本における自然村あるいは“地域コミュニティ”の数に対応していたと見ることもできる。つまり地域コミュニティの中心に神社が存在していたのであり、神社は「自然信仰」と一体となったローカルなコミュニティの拠点だったと言える。
「自然資本」や生態系との関連で、私が「鎮守の森」に注目するのは、こうしたローカル・コミュニティとの関わりに加えて、その「自然観」に関してだ。
神社の場合、鳥居や社殿といった存在も重要だが、その本質は上記の「自然信仰」にあり、つまり岩や木、あるいは山といった「自然そのもの」が“神様”なのである。実際、たとえば後でも述べる秩父神社(埼玉県秩父市)の場合、“御神体”は武甲山という山である。
そしてこうした自然信仰を象徴的に示しているのが「八百万の神様」という言葉だろう。英語に訳せば“Eight Million Spirits in Nature”といった表現になるだろうが、実質的にはそれは自然そのものが内発的な力を有しているという自然観である。
西欧近代の視点からはこうした自然観は「アニミズム」と呼ばれて、いわば“未開”の原初的な自然観のようにとらえられてきたわけだが、現代においてはさまざまな環境問題等が生じる中で、近代科学の「機械論的自然観」――自然は単なる機械に過ぎず、人間はそれをいくらでも支配あるいは搾取することができるとする自然観――にむしろ疑問が呈せられるようになり、こうした文脈でアニミズム的な自然観の意味が再評価されるに至っている。
さらに、たとえば散逸構造と呼ばれる理論でノーベル化学賞を受賞したベルギーの科学者イリヤ・プリゴジン(1917-2003)が提起するような「自己組織性」の考え方――自然は単なる受動的存在ではなく、自らが秩序を生み出していく内発的な力をもっているとする見方――が広がり、いわば「新しいアニミズム」と呼ぶべき自然観が現代科学の中で生成しているのである(こうした話題については拙著『科学と資本主義の未来』参照)。
生物多様性と「八百万の神様」
さてこうした「鎮守の森」について、本稿の中で幾度か言及してきた昨年(2023年)3月策定の「生物多様性国家戦略2023-2030」において、次のような文章が盛り込まれた。
「鎮守の森、八百万の神に象徴されるような……我が国における人と自然との共生の考え方や、生物多様性の豊かさに根差した地域文化(伝統行事、食文化、地場産業など)を守り」「自然がもたらす文化的・精神的な豊かさや、……人と自然の共生という自然観の継承を、さまざまな機会を通じて発信し、……地域における生物多様性の保全活動を促進する」(強調引用者)
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