「M-1」より成功した新規事業を、私は知らない 経営学者・入山章栄氏、M-1誕生秘話を読む
東洋経済オンライン / 2024年2月1日 12時30分
困難はあっても実現にこぎつけたのは、著者の情熱あってのことだ。もがいて失敗もするけれど、情熱と折れない心で仲間や支援者を巻き込み、良い巡り合わせを呼び込んでいく。
もうひとつ見逃せないのが、著者の漫才に対するこだわりだ。たとえば、ピンマイクではダメで、絶対にスタンドマイクでなければならない。カメラがドラマのように話し手を追いかけるのはNG。2人のバストショットで相方のリアクションも見せるべし。そういう漫才の世界観を大切にしたからこそ、社会現象にもなるM-1が誕生したのだ。
現場、仲間、相談、夢、苦労、情熱、巡り合わせ、世界観――いずれも新規事業やスタートアップのストーリーに頻出するキーワードだ。過去20年間にエンタメ界で最も大成功した新規事業は何かと聞かれれば、M-1を推す人が多数にのぼるだろう。
ところで、この本は新規事業だけでなく「お笑い論」という切り口から読むこともできる。お笑いの現場を熟知する人々が直感的に行ってきたことが見事に言語化されており、そこから漫才の本質が見えてくる。
私はラジオ番組でお笑い芸人を招いて、時事ネタを取り上げてもらったことがある。そのときに学んだのが、漫才には3つの要素が必要なこと――ボケ、ツッコミ、お客さんだ。常識とは違うことでボケて、それはおかしいとツッコミが入り、それを聞いて客席がどっと笑う。然るべきタイミングでみんなが一斉に笑えば、場が盛り上がり、面白みが倍増するのだ。
この三角関係を成立させる必要性があるため、漫才はユーチューブと相性が悪い。ボケとツッコミがあっても、リアルタイムで笑ってくれるお客さんが欠けているのだ。漫才は劇場でこそ生きてくる。実際に、M-1では劇場に強い芸人が勝ち残っているように感じる。
M-1の芸人は球児の姿と重なる
M-1の面白さをひもといていくと、スポーツとの共通点にも思い当たる。実はM-1を見るたびに、スポーツ観戦をしている気分になる。それもプロスポーツではない。若者がフラットに真剣勝負をする場――甲子園の高校野球が思い浮かんでくる。M-1では芸人の裏側のストーリーが紹介されるが、そこで努力する様子は、ひたむきに練習してガチンコ勝負に挑む球児の姿と重なる。
M-1には「結成15年以内のコンビ」という出場資格が定められているが、若手が参加するところも重要だ。甲子園には若い人たちのトーナメントだからこその面白さがある。
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