1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

道々の色恋に心弾ます男と、それに悩み募らす女 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・夕顔②

東洋経済オンライン / 2024年2月11日 16時0分

光君は穏やかにほほえみ、その女が何者か知りたいものだと思う。

いろいろな階級の女を知りたい

軽はずみなことはできない身分でいらっしゃるけれども、君はまだお若いことだし、女たちも放っておけないほどの美貌なのだから、あんまり色恋と無縁の堅物でももの足りないし、だいいち風情(ふぜい)がない、色恋なんて不相応だと世間が思うような身分の低い者だって、女のこととなれば心は動いてしまうのだから……と、惟光は考え、口を開く。

「もしかしたら、何かわかることがあるかもしれないと存じまして、ちょっとしたきっかけを作って、女房に文(ふみ)を送ってみました。すると書き慣れた筆跡で、すぐに返歌を寄越してきましてね。なかなか捨てたものではない若い女房たちがいるようですよ」

「じゃあ、もっと近づきになってくれ。正体がわからないままではつまらないもの」

と、光君はまたしても命じた。

かつて話に出た、頭中将(とうのちゅうじょう)が相手にもしなかった下(しも)の下(しも)の者の家ながら、意外にもその奥にはうつくしい人がいるかもしれないと思うと、光君の気持ちは弾んでくるのだった。

さて、かの空蟬(うつせみ)のことも光君は忘れていなかった。あの強情な女が、ほかの多くの女たちと同じように素直に言うことを聞いていたなら、気の毒ではあるが出来心からの過ちだと忘れてしまっただろう。けれど、ふられたままで終わりそうだからよけいに気に掛かる。これまで、こんな身分の女のことまでは考えることもなかったのに、先だっての雨夜の品定め以来、いろいろな階級の女を知りたいと思うようになった光君は、ますます興味を抱くようになったのだろう。

疑うことなく、次の逢瀬(おうせ)を待っているだろうもうひとり、西の対の女を、かわいそうだと思わないこともない。けれどもあのつれない女が何食わぬ顔で彼女とのやりとりを聞いていたのかと思うと気恥ずかしくて、まずはあの女の本心を見極めてから……などと考えているうちに、伊予介(いよのすけ)が上京してきた。

伊予介は何はさておき、まず源氏の邸(やしき)に挨拶に上がった。舟旅のせいで少し日に焼けて、旅疲れの出ているその姿はでっぷりとして見映えが悪い。けれど伊予介はそうとうな血筋の者で、年を取ってはいるけれども整って立派な容貌をしており、こぎれいで、並々ならぬ風格の感じられる男である。彼の話す任国のみやげ話に耳を傾けながら、伊予の湯桁(ゆげた)はどうかと尋ねてみたくなるが、伊予介の顔をまともに見ることができずに、光君は後ろめたい気持ちになった。

さりげない文面ながら、妙に魅力的

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

複数ページをまたぐ記事です

記事の最終ページでミッション達成してください