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道々の色恋に心弾ます男と、それに悩み募らす女 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・夕顔②

東洋経済オンライン / 2024年2月11日 16時0分

真面目な年長者を前にして、こんな気持ちになるのはまったくよろしくない、いけないことだと光君は思う。こういう人妻との情事こそ、あってはならない不祥事だ。妻の不実は夫の恥だという、馬頭(うまのかみ)の話を思い出し、あの女の冷淡さは恨めしいけれど、この夫のことを思えば、妻として殊勝な態度だと言わざるを得ない、などと考える。

伊予介は、娘は適当な人を見つけて嫁がせて、妻を任国へ連れていくつもりだと言い置いて帰った。とたんに光君は矢も盾もたまらなくなって、もう一度彼女に逢(あ)えないものかと小君(こぎみ)に話を持ちかける。

よしんば心の通い合った相手だったとしても、お忍びで来るのは難しい。まして女のほうでは、自分なんて分不相応なのだから、未練たらしく待つのも見苦しいときっぱりあきらめている。それでも、まるきり光君に忘れられてしまうのはあまりにもつらい、という気持ちから、折々には真心をこめて返事を書いてはいた。さりげない文面ながら、妙に魅力的で、心に残る言いまわしもあり、光君はやっぱり女を恋しく思ってしまう。冷淡さが癪(しゃく)に障るけれど、忘れることができないのである。もうひとりの女は、もし夫がちゃんと決まったとしても、これまで同様心を交わしてくれそうだったので光君は安心していた。婿取りの話がいろいろと聞こえてくるけれど、それで心が乱されることはなかった。

いつしか季節は秋になっていた。

だれのせいでもない、自身の恋のせいであれこれともの思いにふけることが多く、光君が左大臣家に行くのも途絶えがちになり、左大臣家では恨めしく思っていた。

六条の女君にしても、熱心に口説いていた頃のような気持ちには戻れずに、あたりさわりのない扱いしかできずにいては、女君も不憫(ふびん)である。

……関係を持つ前に執心したように、何がなんでも逢いたいという一途(いちず)な気持ちが消えたようなのは、いったいどういうことなのでしょう。

六条の女君は、何についても深く思い詰める性分だった。年齢も自分のほうがずいぶん年上で、そもそも不釣り合いなのだし、もし二人の噂(うわさ)が世間の人の耳に入ったらいったいどんなふうに言われるか。光君が逢いにこないさみしい夜に、ふと目を覚まし、女君はいっそうくよくよと思い悩んでは、悲しみに打ちひしがれるのだった。

手折って我がものとせずにはいられない

霧の深いある朝のことである。暗いうちに帰るようにしきりに急(せ)かされ、眠たそうにため息をつきながら帰っていく光君の姿を、女主人にひと目見せたいと思ったのか、女房の中将の君は格子(こうし)を一間だけ上げて几帳(きちょう)をずらした。六条の女君は頭をもたげて外を眺めやる。色とりどりに花の咲き乱れている植えこみを、光君はしばらく眺めている。その姿は、類いまれなほどのうつくしさである。車に乗るため廊に向かう光君を、中将の君が送っていく。季節にあった紫苑色(しおんいろ)の表着(うわぎ)に、薄絹の裳(も)をすっきり結んでいる腰つきも、しなやかで優美である。光君は中将の君をふり返り、隅の間の高欄(こうらん)に座らせた。彼女の、たしなみのあるかしこまった態度や、黒髪の下がり具合も、さすがに気品があると光君は思う。

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