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誰とわからない、故に逢わずにいられない女の妙 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・夕顔③

東洋経済オンライン / 2024年2月18日 16時0分

「どこか、人の目を気にしないでいいようなところに行って、ゆっくりお話ししたいものだね」

光君はそんなふうに女を誘ってみた。

なんとかわいらしい人なんだろう

「でも、やっぱり心配です。そんなふうにおっしゃいますけれど、ふつうとは思えないお扱いですもの。私はなんだかおそろしいような気持ちです」

女はそんな子どもっぽいことを言い、それもそうだと光君はつい笑う。

「そう、私たちのどちらが狐(きつね)なのかな。ただ黙って私に化かされていてくれませんか」

とやさしく言うと、女はすっかりその気になって、それでもいいと思っているような様子である。どんな妙なことでも、黙って聞き入れようとするその心がいとしく、なんとかわいらしい人なんだろうと光君は思う。そう思ったとたんに、やはりこの女は、頭中将が話していた常夏(とこなつ)の女ではあるまいかと疑念も抱く。しかしそうだったにしても、秘密にしているのは何かわけがあるからだろうと、光君は女にとりたてて訊き出そうとはしなかった。

今のところ、拗(す)ねて行方をくらますような女には思えないけれど、もしかしてしばらく訪ねずに放っておいたら、そんなことにもなるのかもしれない。こんなにも一途に思いこんでしまう恋よりも、ちょっと飽きて夜離(よが)れをしたくらいのほうが、この女のひたむきさをもっと感じられて、恋は深まるかもしれない……、などと、光君はそんなことまで考える。

次の話を読む:綱渡りな「明け方の恋の道」に募る、その女の不安

*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです

角田 光代:小説家

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