69歳母を看取った兄弟が知った「寡黙な父」の本心 懺悔するような父に寄り添った看取り士の支え
東洋経済オンライン / 2024年2月23日 14時0分
人はいつか老いて病んで死ぬ。その当たり前のことを私たちは家庭の日常から切り離し、親の老いによる病気や死を、病院に長い間任せきりにしてきた。結果、死はいつの間にか「冷たくて怖いもの」になり、親が死ぬと、どう受け止めればいいのかがわからず、喪失感に長く苦しむ人もいる。
一方で悲しいけれど老いた親に触れ、抱きしめ、思い出を共有して、「温かい死」を迎える家族もいる。それを支えるのが「看取り士」だ。
母親がふいに目を開けて涙を見せた理由
「本当によい息子たちに育てましたね」
看取り士の稲熊礼乃(いなぐま・あやの)が帰り際、ベッドに横たわる知子さん(69歳、仮名)にそう話しかけた。2人の息子たちの了解を得て、稲熊がその手に触れたときだった。
命の瀬戸際にある知子さんを囲んだ兄弟の、やさしい愛情に満ち満ちた空間を感じ、ふと口をついて出た言葉だった。
高熱で苦しそうだった母親は、「ううっ」という嗚咽とともに目を開け、無言のまま涙をこぼしてから、稲熊を見てにっこりとほほえんだ。直前まで息子たちが声をかけても目を閉じたまま、何の反応も見せなかったのに、だ。
それまで往診医や看護師の声がけにさえ、明確な反応を見せたこともなかったから、長男の佐藤拓也(41歳、仮名)も驚いた。
「聞こえていらっしゃるんですよ」
稲熊はそうつぶやいた。2023年5月の連休中だった。
腎臓からリンパ腺へのがん転移や、約4年前の脳出血を含む10年もの療養生活で、拓也は「母親のために何かできることがなかったのか」という無力感に苦しんできた。だから冒頭の稲熊の言葉はほんの少し、拓也をもホッとさせた。
「私も母も、稲熊さんとは当日が初対面で、母は朝から熱にうなされていて、笑顔を見せられるような状況じゃなかったんです。それなのに母はちょっと笑って、言葉がうまく出ないのに、稲熊さんに何か言いたそうでしたから」(拓也)
彼は当初近くの喫茶店で稲熊と会い、看取り士の派遣についてくわしく話を聞くつもりだった。だが、母親の容態急変で家を空けられないと判断し、稲熊に急きょ実家に来てもらうことにした。
稲熊より先に往診に来ていた在宅医は、母親は脱水状態だが、点滴は体調を考えると負担が大きすぎてできないと伝えた。「もはや入院レベルだと思いますが、どうされますか?」と、知子さんの夫(72歳)と、息子たちに尋ねた。
拓也はきっぱりと即答した。「容態がよくなるのなら入院させてもいいですが、とくに今と変わらないなら、母はこの住み慣れた家にいたいと思います」
病院嫌いな彼女が一番幸せを感じられる場所
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