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半身マヒの91歳男性、最期の墓参りで見せた"笑顔" 「死ぬ前に、どうしても一度、故郷に帰りたい」

東洋経済オンライン / 2024年3月7日 14時0分

広大な墓地内の道路にはアスファルトが敷設されているが、実際に墓石が建つ場所にはアスファルトはなく、土がむき出しになっている。よくて砂利敷きだ。雨のため、至る所に水たまりができており、足を取られそうな泥場も多い。また、通路は狭く、墓石が林立しているので、迷路のようなありさまだ。

見上げながら、奥田さんは言った。

「ここまで、来ることができたから、良しとします」

脳梗塞の後遺症で、口元にわずかにマヒの残る奥田さんは、途切れがちにそう言った。しかし言葉とは裏腹、表情には無念の影が浮かんでいた。

「そんな事おっしゃらずに、せっかくここまできたんだから、なんとかお墓参りをしましょう」

当然、佐々木看護師は、そう返した。しかし、奥田さんは小さく首を振った。

「これ以上、佐々木さんにご迷惑は、かけられません」

その言葉を聞いた瞬間、佐々木看護師の心に火がついた。

「大丈夫です。患者様の旅の目的をかなえるのが、私たちツアーナースの任務ですから」

佐々木看護師はいったん車に戻り、次のように提案した。

「私と飯田さん(ドライバー)で両側から車いすを抱えましょう。奥田さんは健側(不自由ではない側)の左手でタオルを持って、体が濡れないように工夫してください。大介さん(甥っ子)は前方から、上山さん(司法書士)は後方から傘を差してください。私は濡れても構わないので、なるべく奥田さんに雨がかからないようにしてください」

的確で無駄のない指示だった。

線香だけは雨で濡れてしまわないように

介護タクシーのリアハッチを開け、スロープを降ろして、車いすを降車させる。跳ね上げたリアハッチが傘の代わりとなってくれるが、横からの雨は防げない。上山さんと大介さんが傘を差し掛けて、なんとか雨を防ぐ。

車いすを降ろし、佐々木看護師と飯田さんの2人で両側から抱え上げ、溝を乗り越えて、墓地に足を踏み入れた。

車いすを揺らしすぎると乗っている奥田さんの体調にも悪影響が出る。佐々木看護師は、飯田さんと息を合わせながら慎重に歩みを進めた。

途中、何度か泥に足を取られそうになったが、奥田家の墓前まで、無事車いすを移動させることができた。

奥田さんが見せた笑顔

佐々木看護師は、奥田さんの左手に線香の束を握らせ、ライターで火をつけた。その頃には全員が濡れても構わない、という気分になっていた。線香が雨に濡れないように、それぞれが傘を差し掛け、奥田さんの手元を見つめた。

「ありがとう、これで思い残すことなく、東京に帰れます」

お参りを済ませた奥田さんは、にっこりと笑ってそう言った。(後編に続きます)

末並 俊司:ライター

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