魂売った?ホロコーストの裏に「極限の駆け引き」 ユダヤ人リーダーが移送責任者と結んだ取引の成否
東洋経済オンライン / 2024年3月8日 19時0分
裁判はカストナーの非を認定、カストナーはイスラエル政府の職を辞する。裁判を機に、彼はイスラエルでもっとも悪名高き人物となった。妻は心労で起き上がれず、娘は学校で石を投げられる状況だったらしい。そして、カストナーは、同胞のユダヤ人によって自宅前で暗殺される。
判事の批判にはいくつかの疑問
カストナーは「悪魔に魂を売った」のか。
ハレヴィ判事の批判にはいくつかの疑問が浮ぶ。カストナーとアイヒマンの交渉と契約は対等なものだったか。カストナーはアウシュヴィッツで何がおきているか正確に知っていたのか。さらに、正確に知っていたとして、カストナーが正確な知識をユダヤ人社会に伝えたとき、何が生じると予想できたか。
そして最後に核心となる問いに答えなければならない。当時の状況のなか、カストナーのとった「契約」以外のいかなる形でハンガリーユダヤ人を救出できたろうか。
カストナーはアイヒマンと対等に取引ができたわけではない。カストナー自身ユダヤ人であるから、ナチスの秘密警察に逮捕される可能性もあった。ブダペストの路上で親衛隊に射殺されることも充分考えられた。その気になればアイヒマンがアウシュヴィッツ送りを命令できたのである。
現実には、常に自分自身と家族に降りかかる身の危険を感じながら交渉していた。こうした取引を、通常の状況下での契約のごとく考えることはできない。
アウシュヴィッツでユダヤ人の絶滅が進行しているのをカストナーは知っていた。アウシュヴィッツから1944年4月に脱出したスロヴァキア出身の二人のユダヤ人からの報告を見ていたからである。
また、絶滅収容所以外にも、特殊部隊(アインザッツ・グルッペ)により、東方、ウクライナでユダヤ人が集団銃殺されている事実を聞き知った、とカストナーの同僚で、同じくユダヤ人救済擁護委員会の中心人物だったヨエル・ブラントがアイヒマン裁判で証言している。
ブダペストのユダヤ人社会の中心にいた人々がこうした報告を受けていたのは間違いないだろう。
しかしユダヤ人殺戮の事実を人々に伝えたとき、人々がそれを事実として受け取るかどうかは、また別である。アイヒマン裁判の裁判記録を読んでいると、絶滅など自分の目で見るまで信じられなかったとホロコーストの生き残りが繰り返し証言している。
当然だと思う。文明化された現代ヨーロッパの真ん中で、1つの「民族」を絶滅させる計画が進行しているなど、誰が信じられただろう。とんでもないデマ、今風に言えばフェイク・ニュースと受け止めた可能性が高い。
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