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「道に外れた恋心」抱いた故に光源氏が受けた報い 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・夕顔⑥

東洋経済オンライン / 2024年3月10日 16時0分

「早く馬で二条院へお帰りになってくださいませ。人の往来が多くなりませんうちに、早く」

と惟光が急(せ)かす。惟光は、右近を亡骸に相乗りさせ、馬は光君に譲り、自分は歩きやすいよう指貫(さしぬき)の裾を膝まで上げて徒歩で行くことにする。まったく奇っ怪なできごとで、思いも寄らないような野辺(のべ)送りをすることになったものだ、と惟光は考えるが、光君の悲しみに沈んだ様子を見ると、死の穢(けが)れに触れようが、世間に何か言われようが、自分のことなどどうでもよくなるのだった。光君は何か考えることもできないまま、茫然自失の体で二条院に帰り着いた。

「いったいどこからお帰りになったのかしら。なんだかお具合が悪そうでいらっしゃるけれど……」と、その様子を見て女房たちは言い合っている。

光君は寝室に入り、騒ぐ胸を押さえて考えをめぐらせる。

なぜいっしょに車に乗らなかったのだろう……、もし女が生き返ったとしたら、私がいないことをどんなふうに思うだろう。見捨てていってしまったと恨みに思うのじゃないだろうか……。そんなことを動揺したまま考えていると、悲しみで胸が張り裂けそうになる。頭も痛くなり、熱も出てきて、どんどん気分も悪くなる。このまま病みついてきっと私も死んでしまうのだろう、と光君は思う。

日が高くなっても光君が起きてこないので、女房たちは不思議に思いながらも食事を勧めたが、苦しくて、このまま死ぬのではないかと光君は心細くてたまらない。そこへ、父帝からの使いが来た。昨日、父帝は光君をさがしたが、見つけられなかったので心配して、左大臣家の子息たちを使いに出したのである。光君はその中の頭中将だけを、

「立ったままどうぞ入ってください」と呼び、御簾(みす)を下ろしたまま話しはじめる。

言うに言えない悲しいできごと

「私の乳母だった人が五月頃から重い病にかかって、剃髪(ていはつ)して戒(かい)を受けたんだ。その験(げん)あってか、次第によくなったのにこの頃また悪くなったらしく、ずいぶん弱ってしまったようで、どうかもう一度見舞ってほしいと言われてね。幼い頃からよく知っている人がいよいよだっていう時に、薄情な、と思われてもいけないから、見舞いに行ったんだ。そうしたら、その家の下働きをしている病人が、ほかに移すのも間に合わないまま急死してしまった。私に遠慮して、夕方になってから亡骸を運び出そうと家の人たちが話し合っているのを聞いてしまったんだ。神嘗祭(かんなめさい)の折だから、そうして穢れに触れた私も謹慎すべきだろうと、参内(さんだい)しなかったんだよ。その上、この明け方から風邪でもひいたのか、頭も痛いし気分もよくなくて、失礼をして申し訳ない」

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