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死んだアフリカ象の腸に潜った獣医が「見たもの」 体長7メートル、臓器もスケールが全然違った

東洋経済オンライン / 2024年3月10日 9時0分

四肢の外傷が死因でしたので、内臓に異常は観察できません。

ただ、目の前に現れたアフリカゾウの消化管はパンパンに膨らんでいます。まるで、子ども向けの屋外イベントなどで見かける大型のエアー遊具のようです。

「……取りあえず、これを外に引っ張り出さないと」

先生に意気込みを買われて、幸か不幸かぼくが臓器の摘出係となっていました。役目を果たさなければ。

ところが、目の前にある消化管をつかむことができません。弾力のある消化管は粘った血液にまみれており、指から逃げるようにすり抜けます。

同時に、鼻をつく強い臭気が立ちこめ、喉が詰まって思わずえずきました。

「アフリカゾウを解剖できる」というぼくたちの胸のときめきを、強烈な臭気が上塗りしていきます。

消化管がパンパンに膨らんでいたのは、内部で大量のガスが発生していたからです。

ゾウは草食動物ですが、本来、動物にとって草を消化することは容易なことではありません。なにせ哺乳類は、草の繊維質を消化する酵素をもっていないのです。

そのため、特に草食動物では、消化管内に膨大な数の微生物を住まわせ、その微生物に草の繊維質を発酵分解させてエネルギーを得ています。この発酵分解の過程で、消化管の中では大量のガスが産生されます。

ゾウが死んでも、体内の微生物がすぐに死ぬわけではありません。とりわけアフリカゾウのような大型動物では、死後も体温はなかなか下がりませんから、温かな消化管内で微生物による発酵が進行します。発生するガスと強力な臭気は、この発酵の産物です。

ぬるぬると滑る内臓と格闘

とにかく消化管を外に出さないことには、解体作業が進みません。壮絶なにおいの中で何も考えないようにして、ぬるぬると滑る内臓と全身で格闘します。

四苦八苦しながらようやくお腹の臓器を手繰り出せたところで、お次は肺の摘出。ゾウはほかの哺乳類とちがって肺と胸壁がゆるくくっついているため、通常ならするりと容易に取り出せるはずの肺の剥離にも骨が折れます。

洞窟のような大きな胸腔に「えいやっ」と全身を潜もぐり込ませ、巨大な肺と胸壁の間に向けてひたすら解剖刀を振るっていきます。

この頃になると、鼻はもう臭気に慣れてしまい何も感じなくなっていました。人間の体とはよくできているものです。

ズボンも気づけば血まみれに

病理解剖の作法として上下の解剖着を着用してはいましたが、終盤には全身がゾウの体液に染まっていました。うっかり解剖着の下にはいていたお気に入りのズボンも、ふと気づけば血まみれです。

着替えを持ってきていなかったので夜はそのまま現地のホテルにチェックインしましたが、フロントで見とがめられてつまみ出されるのではないかとひやひやしたものです。

そのような苦労のかいもあり、亡くなったアフリカゾウからはその後、骨格をはじめ全身のあらゆる組織の標本が作製されました。

正常な組織の標本は、後に生きるアフリカゾウの病気を解明するための貴重なツールとなります。

臭気がとにかくつらく、格闘に次ぐ格闘で、さらに翌日には全身の筋肉痛で苦しめられることになりましたが、このとき強烈な体験とともに知識と技術を授けてくれたアフリカゾウのことを、ぼくは今でも時々思い出して感謝しています。

解剖着の下にはお気に入りの服を着てはいけないという教訓とともに。

中村 進一:獣医師、獣医病理学専門家

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