その見た目に光源氏が卒倒した「末摘花」の強烈さ 紫式部が突きつける読者自身の心に潜むもの
東洋経済オンライン / 2024年3月10日 17時0分
常陸宮のボロ邸に妙齢の姫君がいるという噂を、大輔の命婦と呼ばれる評判の「色好み」の女房に吹き込まれて、光源氏はすぐさま興味津々モードに切り替える。しかし、期待に胸を膨らませて会いに行ったら、件の姫君は不美人ばかりか、非常識で、貧乏でセンスもすこぶる悪くて、かなりのハズレくじを引いたというオチが待っていた。
コミカルなタッチで描かれている末摘花の物語において、大輔の命婦はとても重要な役回りを担う。彼女は光源氏の乳母の娘で、内裏に勤務するキャリアーウーマンだ。
確かに「色好み」と形容されている女性だが、本人が恋多き女だったとは限らない。どちらかといえば、家から一歩も出たことない姫君に比べて、男性のあしらい方が上手で、フットワークも軽く、スマートな女性といったようなニュアンスが込められている。
大輔の命婦は、後に末摘花という名で知られる女性の話を、以下のように光源氏に持ちかける。
「心ばへかたちなど、深き方はえ知り侍らず。かいひそめ、人疎うもてなし給へば、さべき宵など、ものごしにてぞ語らひ侍る。琴をぞなつかしき語らひ人と思へる」
【イザベラ流圧倒的意訳】
「性格とか見た目とかよく知らないんだけど。シャイな人らしいので、私も几帳を挟んでしか話したことないの。お友達と言えば楽器の琴ぐらいだわ」
血筋は申し分なく、控えめな性格。音楽を心底愛する、落ちぶれた姫君。古今東西の男たちが好きでたまらない、いわゆる「ダムゼル・イン・ディストレス」(囚われの姫)というイメージが勝手に光源氏の脳裏に浮かぶ。まさに大輔の命婦の狙い通りだ。
そのあと、大輔の命婦は興味をそそられた光源氏を手引きして、ミステリアスな姫とのセッティングの場を設ける。まずは、琴の音色を光源氏に聞かせることになるけれど、男心を知り尽くしている命婦は、ワンフレーズほど弾かせて、すぐに演奏を止める。それは男性に「もっと聞きたい!」と思わせるためであり、ボロが出る前にダメージコントロールするためでもあるのだ。なんて素晴らしい段取り術!
光源氏が「見てしまったもの」
紫式部の周りには、大輔の命婦のような女性はたくさんいたはずだ。そこそこの家柄、社交的な性格、それなりに歌やファッションなどに精通している女房たち。
政略結婚が出世への近道だった平安時代では、彼女らこそ重宝がられる存在だった上に、『源氏物語』の一番の読者だったわけである。大輔の命婦の活躍ぶりに耳を傾けながら、彼女らは仕事に勤しむ自らの姿をそれに重ね合わせて、物語にのめり込んで行っただろう。
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