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その見た目に光源氏が卒倒した「末摘花」の強烈さ 紫式部が突きつける読者自身の心に潜むもの

東洋経済オンライン / 2024年3月10日 17時0分

ミステリアスな姫に手の込んだ手紙を出しても返事はなかなかこない。それでも光源氏は時々彼女を思い出して、アプローチしてみる。そして雪が激しく降るある夜、2人はやがて契りを交わすことに……。

空が白む頃、光源氏は見るともなしに外の景色を眺める。荒れたボロ邸の庭は、人の踏み開いた跡が一つもなく、真っ白だ。積もった雪は明け方の仄かな光を反射して、周り一面が優しい雰囲気に包まれていく……と雪景色の美しさの余韻に浸っているところで、光源氏が見てしまうのだ。姫君の醜貌を。

まづ、居丈の高く、を背長に見え給ふに、「さればよ」と、胸つぶれぬ。うちつぎて、あなかたはと見ゆるものは、御鼻なりけり。ふと目ぞとまる。 普賢菩薩の乗り物と覚ゆ。あさましう高うのびらかに、先の方すこし垂りて色づきたる事、ことのほかにうたてあり。

【イザベラ流圧倒的意訳】
まず、目に入ったのはばかに座高が高いということだ。「やっぱそうだったのか!」とぞっとした。次に、何その鼻!? すごすぎて目が離せない。普賢菩薩が乗っているゾウみたいじゃん! びっくりするほど高くて長くて、先の方がだらんと垂れてそこだけが赤い。

光源氏の視線は女たちの鋭い視線そのもの

『源氏物語』や他の女房文学は「ひらがな」だけの「つづけ字」で書かれていた。写本を翻刻、翻訳した学者や研究者がのちに句読点をつけているので、作者の思い通りではない可能性もある。しかし、この部分の小刻みの切り方は非常に効果的だ。光源氏の目の動きが1つひとつ正確に追うことができるし、過呼吸の発作が起こりそうな気配さえ感じる。

顔色も青白くて、化け物のような馬面、細すぎる肩……光源氏は末摘花の身体を舐め回すように凝視して、目に焼き付けている。髪の毛が立派なのはせめてもの救いだが、それは大海の一滴にすぎない。姫君のとんでもない醜態に光源氏が震えている。

「見えたまふ」や「見ゆる」という語が示すように、これは彼の目に映ったままの姿である。しかし、平安朝の男性は相手の女性をゆっくり吟味する機会はあまりなく、今回の帖に描かれているシチュエーションはわりとまれだ。

光源氏に見せかけて、そこに現れているのは、大輔の命婦と同じように、いつも姫君の周りにいる女たちの鋭い視線なのではないか、と私は疑っている。その「女房寄り」の語り口こそが、彼女らの『源氏物語』への支持を集めたのではないだろうか……とまたして妄想が広がる。

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