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親も思い悩む「受験に落ちた子ども」に掛ける一言 どう声掛けする?子供が前向きになる言葉とは

東洋経済オンライン / 2024年3月12日 11時30分

でも、現実問題として、「また次の挑戦をすればいいよ」と不合格になった人に言ったとしても、まだ「新しい挑戦」ができるほど、すぐに切り替えられるわけではないと思います。

「人生なんて適当でいいんだ」

そんなときによく僕が言うのは、「人生なんて適当でいいんだ」ということです。

なぜ1つの挑戦の失敗を多くの人が引きずってしまうのかと言えば、人生において、その挑戦がとても重いものだと感じてしまっているからだと思います。

「大学受験で落ちたら、もう自分の人生はおしまいだ」くらいのテンションで、その挑戦を重いものだと捉えてしまっているから、人生おしまい、といったような偏った思考をしてしまうのだと思います。

実際はそんなことはなくて、大学受験に合格しようが不合格になろうが、とても嬉しい気持ちになったり、とても悲しい気持ちになったりするとは思いますが、それでも結局、一時的なものでしかありません。

合格したら合格したで慌ただしい毎日が待っていて、不合格になったら不合格になったで、次の新しい喜びが待っている。その悲しみを一時的なものだと考えられないから、不合格という失敗を、過剰に重く感じてしまうのだと思います。

だからこそ、不合格だった子に対しては「人生なんて適当でいいんだ」と伝えてあげるのが有効なのだと思います。不合格になったって、また来年頑張ればいい。また新しい挑戦をすればいい。それくらいの適当なテンションでいればいいのだと思います。

個人的な趣味の話なのですが、僕は西尾維新という作家の「恋物語」という小説が大好きです。

そのワンシーンに、こんなセリフがあります。(ネタバレになるのが嫌なので、一部のセリフのみ抜粋します)

「……そんな、とっかえひっかえみたいな―――。あれが駄目ならこれで行こうみたいな、適当なこと、してもいいの?」(中略)

「いいんだよ、人間なんだから。」

あれが駄目ならこれでいこうみたいな、適当なことをしてもいい。僕は学生時代、この言葉にとても衝撃を受けたのを覚えています(この小説のラストシーンはまさに不合格になった人が読んで、明日に向かう力をくれる、素晴らしいものなので、ぜひ気になった人は読んでみてください)。

不合格でも、変わらない日常が待っている

不合格になったって、大きな失敗をしてしまったと感じたって、それでも変わらない明日が待っているし、一度の失敗で人生が大きく変わってしまうようなことも、あまりありません。

不合格になってつらかったとしても、好きな漫画の次の展開がどうなるかは気になりますし、好きな子から告白されたら舞い上がってしまうことでしょう。

人生なんて適当でいいし、そう思って生きている人ほど、次の挑戦に向かって走っていくことができるものです。さらに、失敗を多く経験している人であればあるほど、次の挑戦はよりよいものになるはずです。

今回不合格になった人が、また新しい次の挑戦をして、今度こそいい結果を得ることを、祈っています。

受験勉強や、子供への教育など、西岡壱誠さんへの質問を募集しています。こちらの応募フォームからご応募ください。

西岡 壱誠:現役東大生・ドラゴン桜2編集担当

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