「もう一度声を聞かせて」、光君の憔悴と女の最期 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・夕顔⑦
東洋経済オンライン / 2024年3月17日 16時0分
板葺きの家に入ると、灯火をそむけ、亡骸とのあいだに屛風を隔てて右近は臥(ふ)せっていた。その姿を見て、どんなにつらく悲しいことだろうと光君は思う。亡骸は、おそろしい感じがまったくせず、生前の時と寸分変わらず可憐(かれん)である。光君は女の手を取った。
「どうか、もう一度だけ声を聞かせておくれ。前世でどんな因縁があったのだろう……あっという間にだれよりもいとしい人になったのに、私を置き去りにして、こんなに悲しませるなんて、あんまりだ」光君は声を抑えることもできずに泣き続けた。高僧たちは、この人はだれだろうと思いながらもついもらい泣きをしてしまう。
「さあ、二条院へ行こう」と、光君は右近を誘うが、
「ずっと長いあいだ、幼い頃からかたときも離れることなくお仕え申したお方と、急にお別れすることとなって、いったいどこに帰るところがありましょう。それに、ご主人さまはどうなさったと人に申せばいいのでしょう。お亡くなりになった悲しみもありますが、世間になんと言い立てられるかと思うとつらくて仕方がありません」右近はそう言って泣き崩れる。「ご主人さまの煙を追いかけたく思います」
右近をなぐさめながらも
「そう言うのも仕方がないことだと思うよ。けれど世の中とは無常なものだ。悲しくない別れなどないよ。今亡くなった女君も、残された私たちも、だれにも命に限りはある。気持ちを強く持って、私を頼りにしなさい」光君はそう右近をなぐさめながらも、「こんなことを言っている私だって、もう生きていけないような気持ちなんだ」と言ってしまうのは、いかにも頼りないことです。
「夜が明けて参ります。さあ、早くお帰りなさいますよう」
惟光に急かされ、光君は幾度もふり返りふり返りしながら、なおのこと胸のふさがるような思いでその場を去った。
次の話を読む:はかない別れの後、ようやくわかった夕顔の正体
*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです
角田 光代:小説家
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
鉢合わせた正妻と愛人、祭見物で勃発した「事件」 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・葵②
東洋経済オンライン / 2024年6月30日 17時0分
-
光源氏の浮気心に翻弄される女、それぞれの転機 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・葵①
東洋経済オンライン / 2024年6月23日 17時0分
-
荒れ邸から二条院へ、突如始まった少女の新生活 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫⑩
東洋経済オンライン / 2024年6月16日 17時0分
-
父親に引き取られる前に…光源氏が固めた決意 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫⑨
東洋経済オンライン / 2024年6月9日 17時0分
-
御簾に手を差し入れ…暴風夜の光君の「大胆行動」 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫⑧
東洋経済オンライン / 2024年6月2日 17時0分
ランキング
-
1すき家、7月から“大人気商品”の復活が話題に 「この時期が来たか」「年中食いたい」
Sirabee / 2024年6月29日 4時0分
-
2湿気が多いこれからの季節に役立ちそう…警視庁が紹介する「跡が残らないヘアゴムの結び方」
まいどなニュース / 2024年6月30日 20時30分
-
3忙しい現代人が“おにぎり”で野菜不足を解消する方法。野菜たっぷりおにぎりレシピ3選
日刊SPA! / 2024年6月30日 15時53分
-
41年切った「大阪・関西万博」現地で感じた温度差 街中では賛否両論の声、産業界の受け止め方
東洋経済オンライン / 2024年6月30日 14時0分
-
5トヨタ次期「セリカ」に期待! 「まもなく登場?」 8代目「次期型」20年弱ぶりに復活!? みんなの声は
くるまのニュース / 2024年7月1日 7時10分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください