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圧勝のプーチン、ウクライナ最前線の緊迫の日常 日本人写真家が見た、ウクライナ人医師の活動

東洋経済オンライン / 2024年3月19日 12時30分

バスの停留所に住民が集まっていた。人口500人ほどだったディブロバ村に残るのは現在72人。いずれも中高齢者だ。

「薬を持ってきたので、ここに並んでください」とビタリーが声をかける。2000ドルの募金で調達した150種類ほどの薬を前に、長い列ができる。

つえをついた老婆がエレナにこう訴えた。

「最近、咳が止まらなくなって。足の関節も痛くて辛いんです」

夫と死別し、一人で暮らすアレクサンドラ(80歳)は心臓に持病があるという。エレナはクリアケースに仕分けした薬の中から数種類の錠剤を選び、「これを飲んでみてください」と言って、手渡した。

「医師が来ると聞いて、飛んできた」と話すのは元警察官のワディム(69歳)。不眠症に悩む妻のため、エレナに薬を処方してもらった。毎日5、6発、隣の村にロケットが飛んでくる。決して安住できる場所ではないが、留守宅に置いてあった農機具が盗難されたため、避難先から戻ってきたという。

インフラ施設が破壊され電気、ガス、水道が途絶えた村に残る理由は様々だ。「高齢のため長距離移動が心配だ」「避難先での滞在費が工面できない」という人も多い。開戦後、診療所も薬局も閉鎖したディブロバ村の住民は、主治医から処方されていた薬を書いた紙を手に、順番を待っていた。

ロシア軍の攻撃ドローンを警戒しながら、テンポ良く診察を済ませるエレナ。終わりの見えない戦争について尋ねると、こう答えた。

「先週オデッサが砲撃を受けたでしょ。実は、私の兄の友人もそこで亡くなりました。私には軍事的なことはわかりませんが、いたたまれない思いでいます」

開戦から2年、ウクライナ政府は従軍医療者に対する対応を重視してきた。2022年8月には、負傷兵の治療をする女性看護師のために、軽量の防弾ベスト50万着を供給すると発表した。しかし、前線の街で医療を必要とする住民に向けての政策を耳にすることはない。エレナが知る限り、知り合いの医師数人が自主的に足を運んだケースがあっただけだという。

3月10日、シベルスク市の秘書アーニャから連絡が入った。前線への支援活動を円滑にするため、特別な通行許可証を発行してくれるという。エレナ医師を連れて再訪する計画を立てていた私たちにとって、この上ない朗報だった。

翌日、筆者はボランティアのメンバーと一緒にシベルスク市の臨時庁舎を訪ねた。すると、市長のボロビヨフが神妙な面持ちで職員と話し込んでいる。そして、私たちにこう伝えた。

「街の周辺が激しい攻撃を受けている。残念ながら今日から3週間、民間人の立ち入りを禁止することにした」

ロシア軍が突破を狙うルハンシク州ビロホリウカでの戦闘が激化し、ウクライナ兵2人が負傷したという情報も届いた。シベルスク市からわずか6キロのところにある要衝だ。

これまでボランティアが届ける食材や医薬品で、何とか体調を維持していた1000人ほどの住民はどうなるのか。昨年の3月にはウクライナの南東部で大雪が降り、地下室で避難生活を送っていた高齢者が命を落とす事例もあった。エレナとビタリーは1日も早く支援活動が再開できるよう準備を続けている。

尾崎 孝史:映像制作者、写真家

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