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92歳「"球界の嫌われ者"の言葉」が圧倒的に響く訳 「何者にも屈しない」姿は、なぜ生まれたのか?

東洋経済オンライン / 2024年3月20日 11時1分

試合が始まった。八重樫は2本のホームランを含む4安打の猛打賞。素振りの効果があったのかどうかはわからないが、試合は前年オフに近鉄から移籍したサウスポーの神部年男が先発し、12対1の完投勝利で見事連敗をストップさせた。

ここから八重樫のスタメン出場が増えていく。ちなみに監督室で言われた通りのスローイングを試してみたができなかった。キャッチしてボールを握ったままの形でスローンイングと言われても……。

しかし、何度も練習するうちにスナップを利かせて投げるコツを覚え、以前よりも盗塁を刺せるようになった。スローイングのアドバイスはしっかり聞いといて良かったと八重樫は思った。

「広岡さんの厳しさは最初面食らってついていけないけど、やがて広岡さんの言っていることがちょこちょこと頭に入ってくるようになると、やっぱり厳しい練習をやんないと伸びていかないんだって肌で感じてくるようになる。だから、どういう立場になっても一生懸命やらなきゃいけないんだというのを広岡さんからずっと教えられている気がする。

とにかく、監督の広岡さんがいないと、チームの練習が始まっていてもみんなチンタラ走っているんですよ。でも広岡さんがポコッと現れると、みんなベテラン連中も変わってキビキビ動き出す。なんていうのかな、広岡帝国の皇帝が顔を見せた途端、民衆の背筋がピョーンとなるような感じですかね」

1984年にトレードで西武ライオンズに入団した江夏豊は、すでに球界内でも噂になっていた「玄米を食べろ、肉を食うな、酒を飲むな」という西武のルールをこの目で確かめようと食堂に行った。すると、選手たちは黙って玄米を食べていた光景に遭遇する。

西武・江夏豊が発した「禁断の発言」

「なんかアホらしい」。江夏はそう思った。

玄米を食べることそのものではなく、選手がすべて監督の言いなりになっていることに辟易したのだ。

シーズンに入り、監督の広岡が痛風を患っていることを耳にした江夏は、5月の遠征時の食事中に広岡の席までつかつかと近寄ってこう言った。

「玄米を食べているのに、監督はなんで痛風になるの?」

その瞬間、周りは凍りついた。冷静沈着な広岡の顔が強張り、何も言わずに席に立ってしまった。

江夏に悪気はなく、あくまでも本音を言ったまでだ。

「何をそんなにビビっとるんや。軍隊じゃあるまいし、俺らは操り人形とちゃうぞ」

キャンプ時から「ああせえこうせえ」と一から十まで指図され、選手はそれを素直に聞き入れている。これではまるで広岡教の信者じゃないか。広岡に心酔していればまだわかるが、選手はどこかビクビクして従っているように見える。高校球児じゃあるまいし、プロのアスリートには到底見えない。

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