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年収1500万が中途障害で暗転「非正規雇用」の現実 58歳男性「何もできない人」と見なされる苦悩

東洋経済オンライン / 2024年4月6日 7時50分

当時の上司だった富張公章・現サカタのタネGS常務取締役は、「入ってきたばかりの時は正直、どう接したらいいのかわからなかった」と打ち明ける。トラブルを避けるため、最初の半年間は当たり障りのない、簡単な軽作業ばかりを頼んでいた。

濱田さんもフラストレーションをためていたのだろう。怒りっぽくなり、計20人ほどの部署内で腫れ物のように扱われていた。転機となったのは、2人で酒を飲みに行った際、濱田さんが「障害者でも働ける。自分の価値を認めてほしい」と直談判したことだった。富張さんは「それなら会社に『欲しい』と思われる人材にならなきゃいけない」と返答。腹を割って話し合い、富張さんは濱田さんの半生や悔しさを知った。

部署内では各々が自分の抱える案件を管理し、どの施工がどこまで進んでいるのかを俯瞰する手段がなかった。改善案を求めると、濱田さんはエクセルで工程を管理する表を作成。そのうち、部内の全員が濱田さんに情報を上げ、進捗状況を一元化するようになった。

さらに濱田さんは独学でPCスキルを学び、行政機関の報酬基準などを基に、造園工事の見積もり額を自動で算定するシステムを構築。いつしか部署にとって、なくてはならない戦力となっていた。「精神的にも安定したのか、とっつきにくさが減った。同僚からの信頼も徐々に得ていた」(富張氏)。

濱田さんは障害のため、パソコンの操作に健常者より時間を要した。「仕事が遅い」と不満を募らせる社員も当初はいたが、コミュニケーションが深まるにつれて、文句を言う人はいなくなった。特性の1つだと周囲が理解したのだ。

富張氏はこう語る。「濱田さんは今も仲間だと思っている。相手の状況を知り、立場に沿って対応を考える大切さを学んだ。健常者だろうと障害者だろうと、その重要性は変わらない。部下と接するうえで、共に働いた経験はずっと役立っている」。

会社側も濱田さんを評価し、雇用契約の無期転換を提示。だが、分社化に伴う事業再編で決まりかけていた昇給が白紙となり、条件面で折り合わずに退社した。それでも濱田さんは「障害者になった後、初めて自分を認めてくれた」と深く感謝している。

障害者の働き方を研究

濱田さんはサカタのタネに勤務していた2018年、早稲田大学人間科学部のeスクール(通信教育課程)に入学。亡くなった母親が「いつか大学に再チャレンジするために」と残してくれた遺産を学費に充てた。

終業後や休日に受講を進め、少しずつ単位を取得。福祉工学のゼミでは障害者の労働環境の改善方法を調べた。2023年3月に当時の職場で雇い止めされてからは学業に専念し、「リモートワークや支援機器が運動機能障害者の働き方をどう変化させるか」というテーマの卒論を提出、今年3月に卒業した。

現在は月に4~5件ほど採用面接を受けているが、まだ就職先は見つかっていない。これまでの経験や大学で得た知識を基に、企業と障害者を仲立ちするような事業を始められないか構想中という。

障害当事者の目線から働きやすい職場環境を説く講演活動にも取り組みたい考えだ。濱田さんはこう強調する。

「私は自分が障害者になるなんて、夢にも思っていなかった。つまり、誰の身にも起こりうるということ。障害を持つ労働者がいい意味で特別扱いされず、『やればできる』という可能性を広く認められる社会にしていきたい」

石川 陽一:東洋経済 記者

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