「都を離れた紫式部」越前国で過ごした1年の心情 雪が降る光景を見ても、心はつねに都にあった
東洋経済オンライン / 2024年4月6日 7時40分
今年の大河ドラマ『光る君へ』は、紫式部が主人公。主役を吉高由里子さんが務めています。今回は都を離れ、越前国へ赴くことになった紫式部のエピソードを紹介します。
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住み慣れた都から越前国へ
996年1月、紫式部の父・藤原為時は、越前守に任命されました。それにより、式部も住み慣れた都を離れて、越前国(現在の福井県)に赴くことになります。
式部はこのとき、27歳(諸説あり)。為時一行は、都を出ると、近江に向かい、琵琶湖を渡って、越前方面に赴きました。
「近江の水海にて、三尾が崎という所に、網引くを見て」との詞書が付いた「三尾の海に網引く民のてまもなく立ち居につけて都恋しも」との歌を式部は詠んでいます。
三尾は、琵琶湖の西岸であり、今の滋賀県高島市付近の地名です。三尾の浜辺で、網を引く漁民たち。都の中にいて、そのほかの地域にほとんど赴くことがなかった式部にとって、その光景は、物珍しいものだったに違いありません。
しかし、人々の風俗や労働は、式部がこれまで見てきたものとは、明らかに「異質」であり、物珍しさよりも、式部は「都恋し」というホームシックにかかってしまったようです。
「磯の浜に、鶴の声々に鳴くを」聞いた式部は、「磯がくれおなじ心に田鶴ぞ鳴く汝が思ひ出づる人や誰ぞも」とも詠んでいます。「浜辺の岩隠れに鶴がしきりに鳴いている。その切ない声。私の気持ちと同じではないか。お前は誰を思い出して鳴いているの」というような意味です。
この歌も、式部が越前に向かう際のものだと考えられています。旅が平穏であったならば、まだ式部の心は安らいだかもしれませんが、旅とはそうしたときばかりではありません。
「夕立しぬべしとて、空の曇りてひらめくに」(夕立が来そうだというが、早くも空が曇り、稲妻が走る)との詞書が付いた「かき曇り夕立つ波の荒ければ浮きたる舟ぞしづ心なき」との歌からは、荒い波に揺れる舟と私は一体、どうなるのだろう、という式部の心細い感情を読み取ることができます。
式部が後に執筆する『源氏物語』のなかには、玉鬘(光源氏の親友、頭中将の娘)が肥後の監という土豪に求婚され、断り切れず、舟で逃げ出すシーンが描かれていますが、式部が越前に行くときの乗船体験も、執筆の際にかなり役に立ったのではないかと推測されます。
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