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福島原発事故から13年、老いて荒野で農に帰る 福島・浪江町、避難指示が解除された地区の今

東洋経済オンライン / 2024年4月6日 16時0分

そうしたことから、「避難指示が解除されても室原には誰も帰らないだろう」と思っていたが、2023年になって吉田夫妻の自宅跡の目と鼻の先に新居を建て、ハウス園芸を始めた夫妻がいると聞いた。

国道114号線から脇に少し入った平屋の家はモダンで、近くには真新しい4棟のビニールハウスが並んでいた。2023年7月に訪ねた時、 家主の高田秀光さん(72歳)は3日前に始まったばかりのトルコギキョウの出荷で忙しそうだった。

震災前、農家の3代目で長男だった高田さんは銀行に勤めながら、ここでネギや大根など路地もの野菜などを中心に農業を営んでいた。しかし原発事故により、嫁いでいた長女を頼って妻と長男を連れて広島県に避難。農作業をしようと土地を借りたが、耕作放棄地だったので開墾に苦労した。方言がわからず、地元の人との付き合いにも苦労したという。

その後、福島に戻り、南相馬にアパートを借りて暮らしながら細々と野菜作りをしていた。そして避難指示が解除された直後の2023年5月、旧居を建て換えた新築の家に妻と二人で戻ってきた。「やっぱりいいですよ。育ったところは。よく眠れるし」(高田さん)。

トルコギキョウの栽培で大忙し

この日は猛暑だったが、川から吹く風の匂いを嗅ぐようにしながら、高田さんは帰郷後の心境を語った。避難先の広島や、南相馬のアパートでは味わえない落ち着きを手に入れたようだ。

高田さんの農業は震災前に比べ面積は変わらないが、設備面で大きく変わった。以前作っていた路地もの野菜は風評被害に遭いそうだし、人口が少ない今は需要も少ないと考え、浪江町が推奨するトルコギキョウの栽培を始めた。

試験栽培として補助金が出る。コンピュータを使ったスマート農業を推進する国の研究機関や、農業普及所のアドバイスも受けることができる。おかげで太陽光発電のキットも備え付けられ、ハウスは温度調整や水の散布もスマホで操作できるなど近代的だ。

しかし花を仕上げるまでの工程は複雑でとても手がかかるという。また2023年は気温が高い日が続いたので花が一斉に咲いてしまい、収穫期は忙しすぎて人手が足りなかったという。周辺の草抜きも妻と二人だけでは大変だ。

高田さんは腰に手を当てながら、つぶやいた。

「仕事の合間にはこうして背中を伸ばして、なるべく腰が曲がらないようにしているんです」

この時、室原では帰還した家はほかになかった。子どもたちは長女だけでなく、長男も仕事を得て広島に定着し、神奈川にいる次男を含め、誰も帰る気配はない。孫が8人いるが、みな県外だ。農業を再興しても収穫や草抜きを手伝ってくれる仲間がいないのだ。

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