福島原発事故から13年、老いて荒野で農に帰る 福島・浪江町、避難指示が解除された地区の今
東洋経済オンライン / 2024年4月6日 16時0分
昼になると政喜さんが帰って来たので、家族4人で神棚の前に座ってもらい、記念写真を撮った。家族3代での帰郷だった。
事故前は大家族での暮らしが当たり前だったこの地域では、事故後は家族バラバラの避難が普通になっていた。二重に嬉しい帰還ですね、と言葉をかけると、政喜さんは「できれば4世代同居になって欲しいけど」と政幸さんの顔を見ながら小声で言った。結婚して孫の顔を見させて欲しいという、今時は大声では口にしにくい注文だった。
98歳で念願の帰郷を果たした母のイチさんが亡くなったのは、この日からひと月とたたない11月末のことだった。
賠償金で買ったトラクターで水田を起こす
政喜さんは農業高校を卒業後、大工だった叔父さんに弟子入りし、一時は東京で建築の仕事をした。その後は福島に帰り、原発建設で好景気にわく故郷で仕事を続けた。隣の地区の美江子さんと結婚したのは1980年代に入った時分 。リーマンショック後は農業用ビニールハウスの建設が主となったが、原発事故までは兼業農家を貫いた。
政喜さんにこれから何をやりたいですか、と問うと、迷わず「農業」と答えた。
しかも田んぼを起こし、コメを作りたいという。農家の長男に生まれた政喜さんにとって、水田作りこそが本来の仕事なのだという。畑も含めると7町歩ほどの農地を所有しているが、その中には原発事故後に近所の人が手放した農地も含まれる。さらに町からは、補助金を出すから他の耕作放棄地も管理耕作することを要請されているという。
コメを作って売れますか、と聞くと、「まあ飼料米だね、家畜に食べさせる」と答えた。しかし本気であることは、東電からの賠償金を注ぎ込んで1台600万円もする新しいトラクターを購入したことでわかる。
実際11月いっぱいで田んぼにうねを作るために、朝6時からトラクターに乗って荒れた農地を耕している。
「この先、決して明るくない農業にどうしてこだわるのですか」と尋ねると、「俺は昔からずっと農家で生きてきたから。土地は大事じゃないか、って思うんだ」との答えが返ってきた。先祖から受け継いだ土地を荒地から農地に復興することに政喜さんは残りの人生を捧げたいようだ。
しかしこうも言った。
「ほっとした。張り詰めていたものが切れたみたいだ」
家族を連れ、念願の帰郷を果たしたことで疲れがどっと出たようだ。12年間の避難の後の帰還は、74歳の政喜さんにそれほどまでにエネルギーを費やさせた。コメ作りは補助金をもらえば規模の拡大を約束させられ、借入金の返済などの足枷をはめられるので、もらわずに自分の土地に限ってぼちぼち始めたい、と言う。
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