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不登校「数を減らす意味ない」慶大教授が語る根拠 ほろ苦い記憶「不登校だった私を救ったもの」

東洋経済オンライン / 2024年4月7日 13時30分

もし、母が先生と調子を合わせて私を非難しようものなら、私の心は砕け散っていたに違いない。だが、母は私をかばってくれた。全力で、わが子の生きかたに一本の芯を通してくれた、心からそう思った。

あれから30年以上の時が流れ、私は4人の子を持つ父となった。

仕事が詰まってくると、つい会話の時間が減る。いらだちもする。でも、身勝手なもので、自分の仕事が休みになると、子どもたちとの時間を過ごしたくなる。学校なんて休んでどっか行こうか、そんな不謹慎なことを言ったりもする。

そしてふと気づく。きっと母も同じだったのだろう。彼女は、ただ、私と一緒にいたかっただけなのだ。あんたは四十の恥かきっ子、とよく母は言っていたが、深夜に働くスナックのママにとって、最愛の恥かきっ子と一緒にいられる唯一の方法、それは学校を休ませることだったのだ。

生前、母が一度だけ、私にこう言ったことがあった。

「うちはあんたから一瞬も目をはなしたことがなかったとよ」

この一言に、私が私でいられる理由のすべてが詰まっている。

大切なのは「信じてあげる大人がそばにいること」

いじめ、病気、勉強や発達の遅れ、不登校にはいろんな原因がある。だけど、大切なのは、その子のことを信じてあげられる大人がそばにいることなんだと思う。家族でも、コミュニティでも、施設の誰かでもいい。そばにいてくれて、信じてくれて、そっと眼差しを振り向けてくれさえすれば。

行きたくても行けない子。はじめから行く気のない子。学校に対する価値観も、生きづらさも人それぞれだ。でも、もし、その1つひとつの生きづらさと向き合わず、数字合わせで不登校児の総数を減らそうとするのなら、そんなものは、親や教育者の自己満足でしかないのではないか。

もっと本気になって、大人の眼差しを感じられず、他者から信頼される喜びを感じられない子どもの数を減らしたい。そんな社会を作りたいからこそ、私たち大人は、学び、知り、考え、そして、どんなに辛くても、声をあげていかなければならないのだ。

井手 英策:慶應義塾大学経済学部教授

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