著名企業の創業者3人「飯田兄弟」何がスゴいのか それぞれセコム、オーケー、天狗を始めた
東洋経済オンライン / 2024年4月11日 8時0分
しかし、それは、株式投資に力を入れろ、というサインを紋治郎氏が送ったわけではなかった。損得勘定すれば、株はたいして儲からないことを気づかせ、商売に一生懸命取り組む重要性を説いたのだった。
「優れた商人とは何か」を問い続け実践する姿勢
飯田家には家柄のいい家から賢明な子弟が出ることを例えた「藍田生玉 (らんでんしょうぎょく)」という表現が当てはまるのではないか。ここでいう「家柄」とは、単に資産家や名誉ある家系のみを指していない。
飯田家には、「優れた商人(経営者)とは何か」を問い続け実践する姿勢がうかがえた。それを琴線に触れる言葉で説き、自ら考えさせ、気の利いた言葉にして答えるように毎日、教育した。
細かな行動、姿勢にも厳しかった。父・紋治郎氏は息子がしゃがんでいると「人前でしゃがむな」と大きな声で注意し、すぐに立たせた。
父の厳しさを優しさで中和していた母(なつ氏)も気の緩みを許さなかった。不意に「アー」とため息をつこうものなら、「男がため息なんかつくもんじゃないよ」と。
いまどき、「男が」という表現を使うと「ふとどきにもほどがある」と言われそうだが、母なつ氏は、後ろ向きになるな、簡単にあきらめるな、ということが言いたかったのだろう。「男が」をつけることで、くどくど説明しなくても済んだ。「しっかりした男」の社会的規範が現在よりもシンプルで明確だったと考えられる。
戦前型父性を全面的に打ち出した飯田家の商人(起業家)教育が奏功した背景には5つ要因がある。①商家という家庭環境、②革新型リーダーシップのロールモデルとなった紋治郎氏の存在、③戦前型父性を家庭内外ともが肯定する社会的規範、④息子たちが聞く耳を持っていた、⑤息子たちに命令するだけではなく常に考えさせる機会を与えた――ことなどだ。
飯田兄弟は全員、第2次世界大戦(太平洋戦争)と戦後をたくましく生き抜いてきた。
戦時中、神奈川県の湘南に疎開したものの、日本橋に帰ってみると東京大空襲で焼け野原になっていた。あれほど強気だった父が焼け失せてしまった岡永を見て肩を落とした。飯田兄弟は、その姿を目の当たりにしている。
寂しい「おやじの背中」を見た長男の博氏は弟たちに呼びかけた。
「進駐軍の兵隊がチューインガムなるものを噛んでいる。あれをつくれば売れるぞ」
創造性に富んだ起業家精神の萌芽
ところが、製造方法がまったくわからなかった。兄弟で話し合っているうちに「あれはゴムだから、ゴム長(靴)でも溶かせばいいんじゃないか」という結論に達した。実際に試してみた。言うまでもなく大失敗。しかし、この幼稚なドタバタ劇には、創造性に富んだ起業家精神の萌芽が見られる。
紋治郎氏のような父親はいまでは絶滅危惧種だろう。家庭では、ものわかりのよい「友達のようなパパ・ママ」がデファクト・スタンダードになっている。少子化が進む中、受験生確保に躍起になっている大学や人材不足で売り手市場に転じた企業でも、あまり厳しいことを言わない先生や上司が好まれる。一般社員が、管理職や社長を捕まえて「上から目線だ」と非難するようになってきた。
誰も厳しい指摘はしない、言葉に気を付けるばかりに言葉数が減り、遠慮だらけの「やさしき時代」が続けば、日本の未来はどうなっているのだろうか。筆者はたんに昔がよかったとは言っていない。「心理的安全性」「人的資本経営」を否定しているわけでもない。だが、温故知新も悪くないのではないか。
長田 貴仁:経営学者、経営評論家
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