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病を患う光源氏、「再生の旅路」での運命の出会い 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫①

東洋経済オンライン / 2024年4月14日 17時0分

「これは畏れ多いことです。先日お召しのあったお方でしょうか。今は現世の俗事と縁を切っておりますので、加持祈禱(かじきとう)の修行もすっかり忘れておりますのに、なぜこのようにわざわざお越しくださいましたのか」と聖は笑みをたたえて光君の姿を眺める。いかにも尊い感じのする高徳の僧である。しかるべき護符などを作っては光君にのませ、加持祈禱をはじめる。そうしているうち日も高く上った。

幾重にも折れ曲がった山道に

岩屋から外に出てあたりを見やると、高いところなので、あちこちにいくつもある僧坊が見下ろせる。幾重にも折れ曲がった山道に、ほかの僧坊と同じく小柴垣(こしばがき)ではあるが、きちんと周囲にめぐらせて、家屋も渡殿(わたどの)もこぎれいに立て並べ、木立もまた風情のある庵室(あんしつ)が一軒あるのを見つけ、

「だれが住んでいるのだろう」と光君は訊(き)く。お供のひとりが、

「あの何々の僧都(そうず)が、この二年のあいだこもっているところだそうでございます」と答える。

「立派な人の住んでいるところなのだね。みっともないほどみすぼらしい恰好(かっこう)で来てしまったな。私のことが耳に入ったら困ってしまう」

こぎれいな女童(めのわらわ)たちが大勢出てきて、仏に水を供えたり、花を折ったりしているのもはっきりと見える。

「あんなに女童がいるということは、あそこには女の人が住んでいるのか」

「僧都が女を囲っているわけはないからなあ」

「いったいどういう人なんだろう」

と、お供の者たちは口々に言う。下りていってのぞいて見る者もいる。

「きれいな娘たちと、若い女房、それに女童たちがいる」と言う。

仏前のお勤めをしているうちに日も高くなっていくので、病がぶり返さないかと光君は不安になるが、

「何か気分をお紛らわしになって、お気になさらぬのがようございます」

とお供の者に言われ、後ろの山々に向かい、京の方角を見下ろした。ずっと遠くまで霞がかっていて、木々の梢(こずえ)がどことなく一帯に煙って見える様子は、まるで絵に描いたようだ。

明石の浦の父と娘の話

「こういうすばらしいところに住む人は、満足して思い残すこともないだろうね」と光君が言うと、

「このような景色はたいしたものではありません。よその国にあります海や山の光景をご覧に入れましたならば、どんなにか御絵も上達なさることでしょう」「富士の山だとか、何々の岳とか」とお供の者たちが言う。また、西のほうの風情(ふぜい)ある浦々や、海辺の景色について話し出す者もいて、なんとか君の気を紛らわせようと努める。

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