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病を患う光源氏、「再生の旅路」での運命の出会い 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫①

東洋経済オンライン / 2024年4月14日 17時0分

「近いところですと、播磨(はりま)の明石(あかし)の浦(うら)、これがやはり格別でございます。どこといって深い趣があるわけではありませんが、ただ海を見渡したその光景が、不思議とほかの場所とは違って、広々としているのです。その国の前(さき)の国守(くにのかみ)で、近ごろ出家した者が娘をたいせつに育てております家は、たいしたものです。大臣の子孫で、出世もできたはずの人なのですが、たいそうな変わり者で、宮廷勤めを嫌って、近衛中将(このえのちゅうじょう)という役職も捨てて、みずから願い出て国守となったわけですが、その国の人々にも少々馬鹿にされたりして、『どんな面目でふたたび都に帰ることができようか』と言って出家してしまったのです。多少とも奥まった山中に隠棲(いんせい)することもせず、人の多い海岸で暮らしておりますのは妙なことですが、なるほど考えてみますと、播磨の国には出家した人の隠棲にふさわしいところは方々にありますが、ひとけもないものさびしい山奥など、若い妻子が心細く思うに決まっておりますし、それに、自分の気晴らしのためもあるのでしょうね。先頃、播磨国に参りましたついでに、様子を見ようと立ち寄ってみましたら、京でこそ失意の者のようでしたが、今はその辺一帯の土地を占有して、邸宅をかまえておりました。なんと申しましても国守の時の権勢でそのようにしたわけですから、余生を充分裕福に過ごせる用意ができているのです。極楽往生のためのお勤めもじつによく励んでおりますから、かえって出家して人柄の格が上がった人物ですね」とお供の者が話すと、

「ところで、その娘というのは」と、光君は訊く。

「容貌もたしなみも、相当のもののようでございます。代々の国守が、格別の心遣いをして求婚しているようですが、いっこうに承知しません。『この私がこうして虚(むな)しく落ちぶれているだけでも無念なのだ。このたったひとりの娘の将来については私に特別な考えがある。万が一私に先立たれて、この志がかなえられず、私の思い決めている運と食い違うようなことがあれば、海に身を投げてしまえ』と父親が常に遺言をしているのだそうですよ」

と話すのを、君はおもしろく聞いた。

「海の龍王のお妃(きさき)にふさわしい秘蔵娘というわけか。高望みもつらいところだ」

と、お供の者たちは言い合って笑う。

この明石の話をしたのは、播磨守(はりまのかみ)の子で、今年六位の蔵人(くろうど)から五位に叙せられた良清(よしきよ)という男である。お供の者たちは、

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