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名古屋土産「小倉トーストラングドシャ」なぜ人気 「ゆかり」「赤福餅」に続き、3位にランクイン

東洋経済オンライン / 2024年4月28日 11時50分

考えてみれば、当時はまだ「名古屋めし」という言葉もなく、豆味噌やたまり醤油を多用した名古屋の食文化がキワモノ的に捉えられていた時代である。ゆえにパッケージだけ名古屋らしいお土産物が主流だったのである。

2002年になり、名古屋めしのブームが起きると、それに合わせるように新たに「手羽先せんべい」を開発した。

「当時の担当者が名古屋の居酒屋で食べた手羽先の唐揚げの味が忘れられず、店主に頼み込んでわけてもらったタレの味がベースとなっています。発売から22年が経った今でもよく売れています」(小村さん)

当時はマイナーだった小倉トーストに着目

小倉トーストラングドシャの開発に着手したのはもう少し後の2010年。当時は「台湾まぜそば」をきっかけに第2次名古屋めしブームが巻き起こっていた。とはいえ、人気を集めていたのは、やはり飲食店であり、お土産物、とくにお菓子に関してはまだノータッチの状態だった。筆者も駅弁を取材する機会はあっても、お土産物はまったくなかった。

東海寿は味もパッケージも名古屋らしい新たな商品を開発することが急務だった。

当時、開発を担当したのは4名の社員。毎週、新商品の企画を10案ずつ出していたが、すでに世に出ている商品の焼き直しなどいわゆる二番煎じ的なものが多く、だんだんとネタ切れになっていった。

「今までにないものを作ろうという意識を高めて、街へ出て情報収集をしようということになったそうです。それを繰り返していくうちに発想が豊かになっていき、名古屋の喫茶店で出される小倉トーストにたどり着いたのです」(小村さん)

余談だが、小倉トーストが誕生したのは、1921(大正10)年頃。名古屋・栄の三越の隣にあった喫茶店「満つ葉(まつば)」が発祥の店である。美人と評判のオーナーの娘さんが店で働いていて、彼女を目当てに旧制八高(現・名古屋大学)の学生が大勢押しかけていたという。

「満つ葉」のオーナー夫妻は大須で製餡業も営んでいたそうで、メニューには「ぜんざい」もあった。食べ盛りの学生たちは、当時ハイカラだったバタートーストとぜんざいを注文し、バタートーストをぜんざいに浸して食べていた。それを見た娘さんがバタートーストにあんこを挟んで出したのが小倉トーストだったのだ。

言うまでもなく、現在、小倉トーストは名古屋めしの1つとして認知され、県外からも多くの人が食べに来るほど。小倉トーストラングドシャの開発が始まったのは2010年。当時はひつまぶしや味噌煮込みうどん、味噌カツなどの陰に隠れているような、マイナーな存在だった。もちろん、小倉トーストをモチーフにしたお土産物もなかった。

小倉トーストの見た目と絶妙な味を表現

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