認知症の人が「死ぬ前、普通に話し出す」一体なぜ なかったことにされていた終末期明晰の謎に迫る
東洋経済オンライン / 2024年5月3日 19時0分
彼らの多くはその死に立ち会ってから、人生には意味があると、わたしたちの、自分たちの人生には意味があるとの確信が増した、と打ち明ける。傍目(はため)には衰え、呆け、ついには命果てたかのように見えるときにも、なんらかの根源的な方法で守られて保存されている「自己」があり、自然の力か何かの存在がそれを授けてくれたように感じると、そう彼らは語るのだ。
なぜそう感じるのか。答えは、彼らの目撃した死がただならなかったから。彼らは、「終末期明晰(terminal lucidity)」、または「死の前の覚醒(lightening up before death)」と近年称される現象を経験したのだ(訳注:日本では「中治り現象」「お迎え現象」などと呼ばれる)。終末期明晰とは、知的能力を永久に失ったと思われていた患者の意識の清澄さや自意識や記憶力や明晰な思考力が、思いがけず回復したことを指す専門用語である。わたしのチームはこの現象を観察し、研究している。
「なかったこと」にされていた終末期明晰
それは、重い認知症やアルツハイマー病を患う人々、脳卒中などの深刻な健康危機に見舞われた人々、長いあいだ意識がないか呼びかけに反応しない人々、重度または慢性的な精神疾患により回復不能の状態となった人々に起きる現象であり、そうした人々の多く(というか、ほとんど)は、医師にも家族や友人にも回復の見込みはないと思われていた。
認知症のような慢性的な神経疾患はたいてい不可逆的で、いったん発症したら元には戻らないのだ。自発的な治癒、つまり「かつての、発病前の自己の回復」は考えられず、教科書にも書かれていない。それでもなかには、わたしの友人で研究仲間であり、臨死研究の草分け的な心理学者であるケネス・リングが言うところの「奇跡の復活」を、死の間際に遂げる患者もいる。
こうした現象は新しいものではない。だが、長らく呼び名すらなかった。しかもそのほとんどのあいだ、研究も理解も進まず、存在を認めようとする動きさえなかった。この現象の報告は、古くは中世の文献に散見されるが、ずっとただの医学的な珍事とみなされていた。医療の現場で見かけることのひとつであり、報告書にときたま記されるものの、ごくまれなので科学的に注目する必要はないと思われていたのだ。
研究者や臨床に携わる者ならたいてい知っていることだが、こちらの予想を裏切るような、信じがたく不思議なことというのはときおり起きる。そして実際に起きると、それらは一度きりの(ときに圧倒されるほど美しくはあるが)奇妙な出来事として片づけられるか、忘れられるか、でなければ雑談のネタになる。
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