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「働き口がない」早稲田院卒55歳男性のジレンマ 美しい文章を操る能力と「振る舞い」のギャップ

東洋経済オンライン / 2024年5月17日 7時40分

注意力散漫な私にとって校閲作業はそれなりにストレスだったが、自分に負荷をかけることで乗り切ることができた。しかし、発達障害の人は相当の努力をしてなんとか水準に到達することができるかどうか。努力してもできない、あるいはケイスケさんのようにそもそも「好きなことでないと努力が難しい」という人もいる。身勝手に映るかもしれないが、それが発達障害の特性なのだ。

囲碁と仏教史の違い

さらに話がそれるが、私は韓国ドラマが好きでよく視聴する。ケイスケさんの話を聞いていて以前見た「応答せよ1988」という作品に登場するチェ・テクという天才棋士のことを思い出した。彼は囲碁の試合で多額の賞金を稼ぐ一方で、カクテキ(大根キムチ)を箸でつかむことができず、靴ひもを結ぶことができず、アワビがゆの温め方を説明されてもまるで理解できない。ドラマの中では発達障害への言及はなかったが、幼馴染たちの中でもとびぬけて運動神経が悪いことをうかがわせるエピソードもあった。

就労継続支援施設の印象をこわばった表情で語るケイスケさんを見ていると、囲碁と仏教史の違いは何だろうと思ってしまう。それは社会的なニーズやすそ野の広さにあるのだろう。ケイスケさんは「仏教史の研究だって日中友好に役立ちます」と主張するが、障害の有無にかかわらず仏教史で食べていける人は、やはりほとんどいないのではないか。

ケイスケさんは「社会に参加したい。役に立ちたいんです」と訴える。そのためにどんな支援が必要かと尋ねると、「例えば新聞社や大学で自分の得意な分野を担当させてもらえればよかった」という。私が「それは支援ではなく、特別扱いでは」と言うと、「おっしゃる通りかもしれません」とうなだれた。

一方で「障害者雇用はもっと多様であるべきです」との指摘は一理あるように感じた。「大人の発達障害が増えた」とされるが、実態は「発達障害の診断を望む大人が増えた」ということだろう。背景には社会の変質がある。かつては障害特性を持った人たちも内包してきたコミュニティーが彼らを受容しなくなった。

特性に応じた選択肢があってもよいのでは

排除の是非は置くとして、発達障害の人にも生活はあるし、社会と関わりたいと望むのも当然だ。私たちの社会が発達障害の診断を望む大人を生み出したのなら、せめて障害者雇用は最低賃金水準の単純作業や農作業だけでなく、その特性に応じた選択肢がもう少しあってもよいのでは。

最後になぜ取材を受けようと思ったのかと尋ねると、「私みたいになっちゃいけないということを知ってもらいたかったから、でしょうか」とケイスケさん。美しい文章を操る能力と、一方的に話し続ける振る舞いからくる違和感。出会って真っ先に感じたギャップはケイスケさんの生きづらさを象徴しているようでもあった。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。

藤田 和恵:ジャーナリスト

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