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「逃れようのない宿縁」、光君と藤壺が犯した大罪 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫⑥

東洋経済オンライン / 2024年5月19日 17時0分

光君も、ただごとではない異様な夢を見て、夢解きの者を呼んで夢の意味を尋ねた。夢解きは、まったく想像もつかない、あり得ないようなことを解いた。光君が天子の父となるだろうというのである。

「けれどそうしたご運勢の中には順調にいかないところもあり、ご謹慎せねばならぬことがございます」と夢解きは続け、厄介なことになったと思った光君は、

「自分の夢ではなく、さるお方の夢を語りました。この夢が事実となるまではだれにも話してはなりませんよ」と口止めし、いったいどういうことなのだろうと考えている。そんな折、藤壺の宮がご懐妊なさったという噂(うわさ)が聞こえてきた。もしやそれは自分の子で、夢解きの言葉とも関係があるのではないかと思った光君は、ますますせつなげな言葉を尽くして藤壺に逢いたい旨を訴えるが、まったく困ったことになったと責任を感じてもいる王命婦は、なんとも計らいようがない。それまでは、ほんの一行ほどのお返事も、たまにはあったものだったが、今ではそれもすっかり途絶えた。

七月になって藤壺の宮は参内した。しばらくぶりで目にする藤壺がしみじみといとおしく、帝の寵愛(ちょうあい)は以前にもまして深くなった。お腹もすこしふっくらとして、気分が悪かったせいで面やつれしているその様子は、やはり比べるもののないうつくしさである。帝は例によって昼も夜も藤壺の御殿にばかり出向き、音楽の催しも興が乗る秋の季節なので、光君もいつもそばに呼んでは琴や笛などを演奏させる。光君は懸命に隠してはいるが、こらえきれない様子であるのがどうしても漏れ出てしまい、光君につれなくしている藤壺の宮も、さすがにあれこれと思わずにはいられないのだった。

あの山寺にこもっていた尼君は、いくらか体調もよくなり、山を出て京に戻ってきた。もともと住んでいた、亡き夫、按察大納言(あぜちのだいなごん)の家である。光君は戻ったことを聞き、京の住処(すみか)にしばしば手紙を届けた。尼君からの返事は依然としてはかばかしくないが、それももっともなことに思え、その上ここの幾月かは藤壺(ふじつぼ)の宮のことばかり思い、ほかのことなど考えるゆとりもなく日が過ぎていく。

次の話を読む:尼君の最期と、遺された姫君へ募る光源氏の思い

*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです

角田 光代:小説家

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