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両親の自己破産で「奨学金225万」借りた女性の顛末 金銭的理由で志望校断念も、それでも求めた「大卒」

東洋経済オンライン / 2024年5月22日 12時0分

そこで、栗原さんは「本分」である、学生生活を積極的に楽しむことにした。

「仲のいいクラスメイトと学校行事に参加したり、手伝ったりするだけでなく、最終的には生徒会に誘われて、学校行事を企画・立案する立場になりました。もう、バイトも決まらないので、学生時代は生徒会に全力でしたね」

まさに「アオハル」……と書きたいところだが、その一方で家に帰れば家計は火の車。高校は奨学金を借りずに通えたが、それはそれとして家には督促状が届く日々。授業料は銀行口座から引かれる方式だったのだが、残高不足で事務室に呼ばれることもあった。そんなときは、なんとか父親が現金をかき集めて納めていた。

「家計が芳しくないことはわかっていましたが、父はそのことを言わずに私と妹を育ててくれました。もし、本気で『お金がないんだ』と言ってくれたら、入院していたことなど言わずに、もっと必死にバイトを探して働いていたと思います」

大学進学は学資保険を当てにしていたが

自らのせいではないが、常にギリギリの生活を送っていた栗原さん。それでも高校卒業後は大学進学を見据えていた。

「昔から両親に『あなたは大学に行くんだからね』と言われて育ったため、私も当然進学する気満々でした。当時はIT革命を『イット革命』と呼び間違えた森喜朗が首相だった時代。Webに関するクリエイティブな仕事が出始めていたため、私も大学を卒業してそういった仕事に就きたいと思っていました」 

将来の夢もすでに決まっており、専門学校より幅広い学問を学べそうだと思い、クリエイターに特化した科目・専攻がある私立大学を志望していた。ところが、事態はまた大きく変わってしまう。

「母から『学資保険に入ったよ』と聞いたので、安心していたのですが、実は入っていなかったことが後から判明しました。もしかしたら家計の状況で解約したのかもしれませんが、聞いていませんでした。

母は着服した前科があるのに、お金に関して楽観的というか無自覚というか。きちんと伝えてくれませんでした。

そうすると、父の少ない給料でなんとか高校を卒業できるかどうかという状態だったので、将来設計を考え直す必要も出てきます。高校卒業後は就職という道もありましたが、大卒給のほうが将来的に安心できると思って勉強を頑張っていたのと、親の事情で進学を諦めるという決断ができませんでした」

高校3年生で初めて知った奨学金という存在

すでに乗りかかった船である。今さら降りることはできない。そんな中、栗原さんは高校3年生で初めて奨学金という存在を知ることになる。

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